異質なる春

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異質なる春

 笑いさざめく学生たちの会話が、強い風によって断ち切られた。 「やだぁ」  思わず髪を押さえる女学生。  砂埃(すなぼこり)が入ったのか、目を擦る男子学生。  そんな若者たちの頭上を、桜の花びらが幾片(いくひら)か、螺旋(らせん)を描いて青空に吸い込まれていく。 「うっわ、それ、飛ばされてないよな!」  ひとりの男子学生が、風でずれたキャップを慌てて押さえながら、隣に立つ女子学生に声をかける。 「だいじょぶでーす!なけなしの部費で作ったチラシ、死守しております!」  テニスウェアにダウンベストを羽織った女学生が、元気よく笑いながらガッツポーズを取った。 「にしてもさー」  同じデザインのテニスウェアに、厚めのコートを羽織った男子学生が空を見上げる。  雲ひとつない晴天に、ちらりはらりと桜の花びらが泳いでいた。 「今の時期に、まだこんなに桜が咲いてるなんて、おかしくないか?」 「あー」  つられて女子学生も空を振り仰ぐ。  ふたりの頭上には、満開といってよいほどの花を(たた)えた桜の枝々がアーチを作っていた。 「満開になってから寒いですもんねぇ。もう一週間くらい?ずっとこんな感じで散らないですよね、桜」 「異常気象だよな。どっかじゃ花に雪積もったって?これって、縁起がいいのか悪いのかわかんないな。今年の一年」  三月の下旬に開花宣言が出てから、あっという間に満開になった今年の桜だったが。  その後にもたらされた強い寒気にさらされ、まるで時が止まったかのように満開の枝ぶりを保っている。 「入学式に満開ですよ?祝福されてるってことで、いいんじゃないですか?」  女子学生が男子学生にサムズアップをしたのと同時に、体育館のすべての扉がいっせいに開かれ、内部のどよめきが吐き出された。 「あ!出てきますよ!新入生!」 「よぉしっ!気合い入れんぞ!」  女子学生と男子学生は目を合わせて、鼻息も荒くうなずき合った。  いくつもの学生グループの熱気であふれかえっていた体育館前広場は、たちまち戦場と化していく。  プラカードを掲げ、各種ラケットを持ったユニフォーム姿の、またはコスプレをした学生の群れが、入学式場であった体育館出入り口を目指して動いた。 「公認テニスサークル“(まどか)”でーす!興味あったら来てみて!」  溌剌(はつらつ)とした笑顔で、女子学生が手にしたチラシを配り始める。 「え?あの?」  着なれないスーツも初々しい男子学生が、戸惑いを見せながらもチラシを受け取った。 「冷やかしでもいいから!待ってるね!」 「えと」  顔を上げれば、すでに別サークルの上級生たちに取り囲まれていて、新入生は身動きも取れない。 「星に興味ない?」 「ラクロスって知ってる?」  勧誘合戦の火蓋(ひぶた)が切って落とされた体育館前で、新入生たちは両手に抱えきれないほどのチラシを渡され、揉みくちゃにされていく。 「うっわ、すげぇな」  ほぼすべての新入生が退出した体育館から、背の高い男子大学生がのっそりと現れる。  ライトブラウンの長い髪を無造作に首の後ろで束ね、ダークグレーのスーツを緩く着崩しているイケメンだ。 「あの騒ぎを突っ切んねぇといけねぇのかよ」 「しゃあないんとちゃう」  そのイケメンよりもさらに背が高く、肩幅もがっしりとした体格の学生が横に並ぶ。  まだ高校生の雰囲気が残るものの、七分刈りに整えた黒髪と目じりの上がったシャープな顔立ちは、辺りを圧倒するほどの迫力があった。 「しばらく勧誘が続くって言うとったやん、学長も」 「何系のサークル入るか、もう決めてる?」  また別の学生が、ひょっこりと顔を出してふたりを見上げる。  決して背は低くないようだが、先に出てきたふたりと比べると、圧倒的に華奢(きゃしゃ)で可愛らしい。 「やだ、ナニあの子、かわいいっ!」  その姿を見たとたんに、勧誘の女学生たちの間にざわめきが広がっていった。 「金髪?留学生?」 「小麦色の肌に青い目とか、反則ぅ!」 「……お前の見た目、得やなぁ」  七分刈りの学生が、呆れた目をして金髪頭を見下ろす。 「ま、武器は使わないとねー」  金髪の新入生がにっこりと笑いながら手を振ってみせると、女学生の間から黄色い声が上がった。 「きゃぁっ!」 「うちのサークル入らない?!」  女学生たちが走り近寄ろうとした、そのとき。 「え……」  女学生たちの足をぴたりと止めたのは、最後に体育館から出てきた男子学生だった。 「……行こう」  真っ白な髪を長めのワンレンにした男子学生は歩みを止めることなく、勧誘の嵐の中に踏み込んでいく。 「せやな」 「あ、待ってよ!」  振り返りもせずに歩き去る白髪と短髪のふたりを、華奢(きゃしゃ)な学生が金髪をなびかせて追いかけた。 「先輩方。お話は、またの機会に」  ひらひらと手を振って微笑むイケメンにくぎ付けとなって、女子学生たちは身動きもできない。 「なにぽーっとしてんだよ」  テニスウェアの男子学生が、ポニーテールの後頭部をばしっと叩いた。 「だってぇ、顔面偏差値、高すぎじゃないですか?」 「あー、はいはい」  頬を赤く染めて振り返る後輩を見下ろして、男子学生はため息をついた。 「確かに、やたらと目立つ奴らだなぁ」 「ですよねぇ。でも、オリエンテーション期間はこれからです!次に見かけたら、今度こそちゃんと渡します!」 「いや、無理することないだろ。入る気もないなら迷惑だろうし、チラシも、もったいないし」  男子学生はポニーテールの頭をわしわしとなでる。 (妙に落ち着いた連中だったな。……内進生か?)  男子学生はしばらく勧誘も忘れて、行く先々で注目を集める四人の背中を見送り続けた。
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