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崩壊する日常‐3‐
「アイツ、人間じゃねぇな。ダチを見捨てて女とさっさと行っちまうなんて、ほんっとオニだな」
「見捨てたわけやないやろ」
慣れた様子で、とっくに崖を登りきっていた煌が渉に手を差し出し、引っ張り上げた。
「あの人の治療を優先したんやろ」
「オマエは、ほんっとうに鎮びいきだな。しかもあの場所、知ってたな?」
細かい砂利敷きの、整地された小径に戻った渉は、ほっとしながら手についた泥を払う。
「中学んときの夏休みとか、泊りがけで、あの湖岸で術を教えてもろてたんや。でも、洞穴のことは知らんかったわ。てか、あるのも気ぃつかへんかった。……あれやな、あの鳥居と同じで秋鹿さん、隠してたんやなぁ」
「さっきから秋鹿さんに戻ってんぜ。中坊んときはともかく、今は同級生だろ」
「うーん。……年上やし」
「オレのがさらに上じゃねぇか。オレには敬語なんて使わねぇくせに」
「渉は最初から同学年やったしなあ。それに、ほんまに世話になったから」
「へーぇ?術を教えてもらうのって、そんな手間なのかよ」
「それだけやのうて、実家が秋鹿さんとこと取引もあるし……」
唇を引き結んだ煌を見て、渉は追及を諦めた。
それは、これ以上話したくないときの、煌の癖だと知っているから。
「ほら置いてくぞ、急げよ」
渉は崖をのぞき込んで、四つん這いでモタモタと手足を動かす槐に、発破をかけた。
「いや、あの、ちょっと、タスケテ……」
息も絶え絶えとなった槐が、よろよろと手を伸ばす。
「遅ぇよ」
「あり、ありがと」
渉に引き上げられた槐が、その胸に鼻を寄せて匂いを嗅いだ。
「別にクサくないけどなぁ……。むしろいい匂いがする」
「ああ”?」
凶悪顔に迫られた槐は、渉から慌てて離れる。
「いやほら、キツイって言われてたから」
「何日もフロ入らねぇで、へーきでいるオマエじゃねんだから」
とは言うものの、渉も上着の襟を摘まんで、鼻を寄せた。
「和服っぽい?の着てたし、旧家のお嬢様とかなのかな。……光ってたけど。渉の異国顔が嫌なのかな。それとも嘘くさい笑顔、ってかチャラい雰囲気に拒否感あるとか。中学生くらいだった?あのくらいの年の女の子って、いったぁ!」
尻に重い蹴りを食らって、槐の体がのけぞる。
「テッメェ。黙って聞いてりゃ、ずいぶん言ってくれんじゃねぇか。普段オレのこと、そんなふうに思ってたのかよっ」
「見慣れてなきゃ、そんなもんかもしれないじゃない」
痛む尻を押さえながら、槐が涙目で渉を見上げた。
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