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月兎‐1‐
箱根芦ノ湖の湖岸には、瀟洒なホテルが数多く建ち並んでいる。
なかでも屈指の規模を誇るリゾートホテルには、よりプライベートを重視する宿泊客のために、いくつかのコテージが併設されていた。
なかなか予約が取れないと言われる、人気あるコテージ群であるが、さらに一線を画しているのが、最奥に建つヴィラである。
その外観は、いっそ別荘と表現したいほど重厚。
主寝室と二部屋の客室があり、リビングはインポートブランドで統一されている。
浴室とは別にシャワールームを備え、ダイニングキッチンでさえ、ホームパーティが開けるほどの広さがあった。
当然、宿泊料金も破格ではあるが、一年中、予約で埋まっていることでも有名である。
小径の緩いカーブを抜けたところで、槐、渉、煌の足がぴたりと止まる。
ヒメシャラとモミに囲まれた趣きあるヴィラの外で、鎮が三人を出迎えるように立っていた。
(あ、ロリコン……)
(ロリコンだったとはなぁ)
(ロリコン、ではないはずや)
「……お前ら全員帰れ」
白髪をかき上げた鎮が、ふたつの赤目で三人をにらみつけると、踵を返して玄関ドアのノブに手を掛ける。
「ま、待って待って」
槐が慌てて鎮に駆け寄った。
「ごめん、声に出てた?」
「出てねぇよ。……オマエ、何で怒った?オレらの心でも読んだのか?今までもそうだったのか?それを黙ってたのかよっ」
「……今は読んだ、というより読まされた」
振り返った鎮とにらみつける渉の視線が、がっつりと結び合う。
「は?なんだよ、その言い草。悪いのはこっちかよっ」
「え、ホントに?」
急ブレーキをかけるように足を止めて、槐は渉のところまで走り逃げていった。
「アンデラとチャンドラのアーユスに触れたせいだろう。パドマが異常に開いてる」
「……わかるように話せよ」
もう何度、同じことを思っただろう。
あの「キラン」と名乗った男性、あの少女。
そして、鎮。
言っていることもやっていることも、まったく理解不能。
苛立ちを隠せない渉を横目に、煌が苦笑いを浮かべる。
「秋鹿さん、とりあえず、俺らは何かせなあかんのやろ?詳しいことは、あとでゆっくり説明してくれるんやろ」
「そのとおりです」
突然、聞こえてきた可愛い声に、仲間たちの目が一斉に鎮の足元に集まった。
「う、ウサギ?……しゃべった?!」
槐の目が、極限最大に見開かれる。
いつからそこにいたのだろうか。
鎮の足元に、白いウサギが二本足で立っている。
長い耳がぴょこぴょこと、ピンクの鼻がヒクヒクと動いていて、ルビーのような瞳がキラキラと光っていた。
「まずはこの護符をどうぞ」
ウサギは再び人語を使い、そのまま二足歩行しながら三人のすぐそばまでやってくる。
「ウサギの歩き方じゃねぇ」
「そもそもウサギはしゃべらないよ」
顔を歪ませる渉の隣で、槐がじりじりと後ずさりをした。
べらぼうに可愛い外見なのだが、その分、気味が悪い。
(ナニコレナニコレナニコレ)
動揺が足にきて、槐はぺしゃりと尻もちをついた。
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