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月兎‐2‐
「そないに怖がることあらへんやろ。式神やないか、それもめっちゃ強い」
平然とウサギから護符を受け取る煌を見上げて、槐はフルフルと首を横に振る。
「いや、そんな、”何おまえ知らないの”みたいな顔されても……」
「スザク様はご理解が早くて助かります」
へたり込んでいる槐に、ちらりと冷たい流し目を送ってから、白ウサギは煌にピョコンと頭を下げた。
「瘴気を浴びたパドマが開いたままですから、おつらいでしょう。それを左手首に巻いてください」
ウサギは腕をくるくると回して、巻き付ける仕草をする。
「こうか?」
言われたとおりに護符を貼りつけると、それはまるでリストバンドのように、煌の手首から離れなくなった。
「そうです、そうです。霊力を使い慣れていらっしゃるから、護符がよく馴染みますね。では失礼して」
ウサギが白い両手を勢いよく打ち合わせる。
パン!
それは、毛皮に包まれた肉球が立てたとは思えないほど、冴えた音だった。
「ひふみ よいむなや こともちろらね しきる ゆゐつわぬ そをたはくめか うおえ にさりへて のます あせゑ ほれけ」 ※1
ウサギが唱える祝詞に呼応するように、護符は煌の皮膚に吸い込まれていく。
「……ほんまやな。なんや、体が軽なった。おおきにな、……えっと」
口ごもる煌に気づいたウサギの口角が、にっと上がった。
「ワタクシはゲツトと申します」
「ゲツト?」
「月の兎、月兎です」
「そうか。月兎、方術をどうもありがとう」
煌から深々と頭を下げられた月兎は、顔の前で、ふかふかの白い手をひらひらと横に振る。
「いえいえ、どういたしまして。では、スザク様」
月兎が指に挟んでいた、もう二枚の札を煌に差し出した。
「ん?まだ必要やの?」
「いえ、あとのおふたりには、スザク様が施して差し上げてください。……ワタクシのことが、どうも気味悪いようですからね」
「フン!」と鼻を鳴らした月兎の赤目が、すいと細められる。
「そのようなお心持ちでは、術が十全に成ることはないでしょう。我が主のアーユスを込めた札を、無駄にされたくはございません」
「秋鹿さんのほうが、ええんちゃうの」
「ビャッコ様のパドマは問題ありませんが、アーユスが強すぎるのです」
「ごめん、月兎。うまく調整ができなくて」
「なにをおっしゃいますか、ビャッコ様!」
先ほどとは明らかに違う慕い案ずる赤い目で、月兎は鎮を振り返った。
※1 ひふみ祝詞 47文字すべてが重ならないように作られている
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