月兎‐3‐

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月兎‐3‐

「ビャッコ様のアーユスが、アカシャを助けてくださいました。……もうすぐ、すぐですよ。(あるじ)がそう申しておりました」 「そう?」 「ええ。ですから、今しばらく、結界の外ではご辛抱を。アンデラに嗅ぎつかれると、いけませんからね」  首を傾け、鼻をヒクヒクとさせている白ウサギは、とてもカワイイのに。 「なので、スザク様がいてくださって本当によかったのです。……よかったんですよ?」  (しょう)(えんじゅ)に向けられたのは、やっぱり冷たい赤い目だった。 「そうでなければ、そんなにパドマが開いている状態では追い出せませんし、術を受けていただけないのなら、無理にでも、意識のない状態にするしかありませんから」 「い、意識の、ない……?」 「はい。こんな感じで」  キレのある月兎(げつと)のシャドーボクシングに、(えんじゅ)が青ざめる。 「え、なにそれコワい!(あきら)、お願いお願い!」  (えんじゅ)から両腕を差し出された(あきら)が、苦笑いを浮かべた。 「右と左、どっちでもええん?」 「いえ、左で。左からヒラキます」 「了解」  (あきら)(えんじゅ)(しょう)にそれぞれ札を巻き付け、祝詞(のりと)を詠じる。 「ひふみ よいむなや こともちろらね……」  朗々とした(あきら)の唱えが、森に溶けていった。 「あ……。ほんとだ、軽い」  手首の札が消えるころには。  胃もたれのような、それよりもっと重い不快感をもたらしていた、ナニカが消えていて。  思わず安堵の息を吐いた(えんじゅ)に、(まもる)のためいきが重なった。 「……ありがとう(あきら)。楽になった」 「楽?秋鹿(あいか)さんも?だって、問題はないって……」 「パドマが開きっぱなしで近づかれるのは。怒鳴るように思考をぶつけられる。トゲのある言葉で殴られているみたいに。……しかも……」  腹立たしそうに口をつぐんだ(まもる)に、察した(しょう)の口角がニッと上がる。 「そら悪かったな。ロリコンって言葉で殴られるのは、オレでも嫌だ」 「……帰れ」 「断る。ちゃんと説明してくれ。“キツイ”の理由はわかった。でも、えーと、なんだ、“ぱどま”?“あーゆーす”?なんじゃそりゃ、だからな。あと、あのコのことも紹介しろ。オマエ、カノジョいたんだなぁ」  にやけている(しょう)からふぃと視線をそらせて、(まもる)は再びドアノブに手を掛けた。 「そんな安っぽいものじゃない。赤ん坊のころから、ずっと見守っていてくれた人だ。……ソウギョクは今、取り込み中だから、邪魔をしないで大人しくしていろ」 (見守って?赤ん坊のころからって、そりゃ逆じゃね?)    (しょう)の腹の内は感知されなかったのか、無視されたのか。  (まもる)(しょう)をちらりとも見ずに、無言でドアを開けた。 「大丈夫ですよ、ビャッコ様。邪魔などしたらワタクシが」  今度は蹴り上げる仕草をしてみせた月兎(げつと)に、(まもる)が真顔でうなずく。 「入れ」  ぞんざいな(まもる)の招待を受けて、三人は恐る恐るヴィラの敷居をまたいだ。
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