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不調和のバランス‐2‐
「おっじゃましまーす」
「おじゃま」というより「ただいま」のほうが似合いそうなほど慣れた様子で、槐がリビングのドアを開ければ。
ウッドデッキへと続く掃き出し窓の向こうに、ちょうど港へと戻ってくる遊覧船が見えていた。
「うわー、相変わらずオッシャレ~」
ここは海を望むテラスハウス。
そのリビングの床に座り込んで、槐は勢いをつけてコンビニ袋を逆さまにする。
「行儀ワルっ。散らかしたらあかんやろ」
「いいじゃん。僕と違って賃貸じゃないんだから。僕の部屋も、これくらい広かったら散らからないのに。二階なんか、まるまる空いてる部屋があるじゃん」
「オレらがしょっちゅう泊まらせてもらってるじゃねぇか。槐はそのうち、退去勧告食らうぞ」
広いリビングにぽつりと置かれた三人掛けのソファに腰を沈めて、コンビニで買ったアイスコーヒーを片手に、渉が笑う。
「しょっちゅうは渉だけですぅ。自分ちだって近いくせに何なの?家出少年?」
「うっせぇな、ほっとけ。オメェみてぇな奴はな、広けりゃ広い分、ゴミをためるだけだよ」
「そんなことないよぉ?……多分」
サンドイッチの封を開けながら、槐はとぼけた。
「帰ったら、あのゴミ捨てなきゃいけないのかぁ……。そうだ、次は煌のところに行かせてよ」
「うちはあかんって。知っとるくせに」
煌の大きな手でつかまれた肉まんをが、一瞬で口の中に消える。
「俺はイソウロウやから」
「まだひとり暮らしの許可は出ないの?師範の道場に、ずっとお世話になるつもり?」
「そうは言うてもなあ」
煌が傾けたペットボトルのお茶が、これもまた吸い込まれるようになくなっていった。
「ぷはー。……もともと、こっち出るのも反対されてたし。かがり、ねーちゃんが親、説得してくれて、そんで、やっと許してもらえたんやから」
煌の姉の名前が出たとたんに、鎮の肩がビクリと痙攣する。
「ナニその反応。煌のねーちゃんって、そんな怖いの?」
「渉みたいなヤツは、一発で投げ飛ばされるやろな」
「嘘だぁ」
紅茶のペットボトルを開ける青い目が、胡乱げな流し目を煌に送った。
「だって、煌の実家って、関西では手広く商売してる、老舗の和菓子屋なんでしょう?お嬢さまじゃん」
「バーカ」
「ぶはっ!」
渉の手刀を首裏に受けて、槐が盛大に紅茶を吹く。
「なら、煌だってお坊ちゃまになるだろ。コイツがそんなふうに見えっかよ」
「ああ、ホントだ。人って見かけによらないよねぇ」
鎮から無言で投げられたタオルで床を拭きながら、槐は何度もうなずいた。
「それを言うならお前やろ」
「うわぁっ」
煌が軽く槐の尻を足先で突くと、ぺしゃりとその体がつぶれる。
「絹糸のごときの金髪、野性味あふれる小麦の肌、澄んだ青空のようなその瞳!」
渉の大げさな賛辞に、槐の頬がぷぅとふくれた。
「そんな見た目で、英語が赤点とは意外やなぁ」
「うっさいよ!僕より点数悪いくせにっ」
「……五十歩百歩。目くそ鼻くそ。味噌もくそも一緒」
「鎮までなんだよ。このむっつり白頭っ」
「へぇ」
すっと細められた鎮の目を見て、槐が跳ね起きる。
「あ、あの、あのね、これは言葉のあやというか……」
「帰れ。二度と来るな」
「すいませんでした」
正座した槐は頭を低くして、素直にこの部屋の主に詫びを入れた。
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