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不調和のバランス‐3‐
昼食後、一息ついた四人は、一階のウォークインクローゼットに常備している、自分たちのカジュアルウェアに着替えた。
「持って帰るの、めんどくさいなぁ」
脱いだスーツを手にしながら文句を言っている槐の目の前に、鎮が黙ってランドリーバックを差し出す。
「いいの?!」
「最初からそのつもりのくせにぃ」
満面の笑顔を見せる槐の横から、渉がさっさとランドリーバッグにスーツを投げ込んだ。
「えっへへへへぇ」
「クリーニング代、たまには払わんと、」
「いらない」
遠慮がちに申し出た煌に、鎮はランドリーバッグを預ける。
「まとめておいて」
「はい」
「あ、鎮ぅ、オレ、コーヒーね。キリマンをブラックでよろ」
キッチンに立った家主に、フローリングに座り込んだ渉はあれこれと注文をつけた。
ため息をつきつつ、コーヒーメーカーを準備する鎮を親指で示して、煌が囁く。
「ほんまのお坊ちゃんっちゅうのは、ああいう人やで」
「……これも”お父さんの秘書”が取りに来るんだもんね。様子見がてら」
ランドリーバッグに雑にスーツを詰め込んで、槐は肩をすくめた。
「めんどくさそう。御曹司なんて大変だね」
「なに言うてんねん」
玄関先へバッグを持っていこうとした煌は、皮肉な笑みで槐を振り返る。
「同じ穴の狢なんちゃうん」
「……人のこと言えるの?」
背中を向けた煌に向かって、ぼそりと槐がつぶやいた。
◇
咥えたばこをした渉が、鎮を上目遣いで見上げる。
「なぁ、これって迫害じゃねぇの?なんで二台も空気清浄機持ってくんだよ。しかも、目の前に」
長めの息とともに吐き出された紫煙が、渉を挟むように置かれている清浄機に、瞬く間に吸い込まれていった。
「部屋がタバコ臭いと」
鎮はイタリア製のソファに優雅に座り、渉を一瞥することもなく、ドイツブランドのカップを傾ける。
「高梁さんがうるさい」
「ああ、いかにも一流大出身ですって雰囲気と見た目だけど、全体的にお母さんっぽいもんね、高梁さんって」
「見た目によらずマメやからな。飯、ウマいし」
槐と煌が同時にうなずいた。
「オマエの秘書は何でもできてすごいなー」
「……俺のじゃない」
「同じようなもんだろ、電話一本で駆けつけてくんだから。……じゃあ、ウッドデッキで吸っていい?」
「駄目」
「……ちっ」
「渉も大概やなぁ。いっつも断られとるやん。高梁さんに見つかったら、説教されるのは鎮やで。可哀そやろ」
「可哀そうではないけれど」
美術品のようなドイツ製ガラステーブルに、鎮はコーヒーカップを置く。
「面倒くさい。……話が長いから」
「そういや、インテリメガネ高梁の職場から近いんだよな、ここ」
渉は窓の向こうにちらりと見えている、全室オーシャンビューを誇る高級ホテルに目をやる。
「へぃへぃ、我慢しますよ。あのヒトの飯、食えなくなるの、惜しいからな。でも、オレ、ハタチ超えてっから、法には抵触してねぇんだけどなー」
「出禁にならないだけでも、ありがたいと思いなよ。禁煙しろ、せめて節煙しろって、顔見るたびに言われてるくせに」
鎮の足元に座る槐が、定期的にプロのクリーニングが入る、シミや傷ひとつない無垢のヒノキのフローリングに、大の字で寝そべった。
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