不調和のバランス‐3‐

1/1
30人が本棚に入れています
本棚に追加
/225ページ

不調和のバランス‐3‐

 昼食後、一息ついた四人は、一階のウォークインクローゼットに常備している、自分たちのカジュアルウェアに着替えた。 「持って帰るの、めんどくさいなぁ」  脱いだスーツを手にしながら文句を言っている(えんじゅ)の目の前に、(まもる)が黙ってランドリーバックを差し出す。 「いいの?!」 「最初からそのつもりのくせにぃ」  満面の笑顔を見せる(えんじゅ)の横から、(しょう)がさっさとランドリーバッグにスーツを投げ込んだ。 「えっへへへへぇ」 「クリーニング代、たまには払わんと、」 「いらない」  遠慮がちに申し出た(あきら)に、(まもる)はランドリーバッグを預ける。 「まとめておいて」 「はい」 「あ、(まもる)ぅ、オレ、コーヒーね。キリマンをブラックでよろ」  キッチンに立った家主に、フローリングに座り込んだ(しょう)はあれこれと注文をつけた。  ため息をつきつつ、コーヒーメーカーを準備する(まもる)を親指で示して、(あきら)が囁く。 「ほんまのお坊ちゃんっちゅうのは、ああいう人やで」 「……これも”お父さんの秘書”が取りに来るんだもんね。様子見がてら」  ランドリーバッグに雑にスーツを詰め込んで、(えんじゅ)は肩をすくめた。 「めんどくさそう。御曹司なんて大変だね」 「なに言うてんねん」  玄関先へバッグを持っていこうとした(あきら)は、皮肉な笑みで(えんじゅ)を振り返る。 「同じ穴の(むじな)なんちゃうん」 「……人のこと言えるの?」  背中を向けた(あきら)に向かって、ぼそりと(えんじゅ)がつぶやいた。 ◇  (くわ)えたばこをした(しょう)が、(まもる)を上目遣いで見上げる。 「なぁ、これって迫害じゃねぇの?なんで二台も空気清浄機持ってくんだよ。しかも、目の前に」  長めの息とともに吐き出された紫煙が、(しょう)を挟むように置かれている清浄機に、瞬く間に吸い込まれていった。 「部屋がタバコ臭いと」  (まもる)はイタリア製のソファに優雅に座り、(しょう)一瞥(いちべつ)することもなく、ドイツブランドのカップを傾ける。 「高梁(たかはし)さんがうるさい」 「ああ、いかにも一流大出身ですって雰囲気と見た目だけど、全体的にお母さんっぽいもんね、高梁(たかはし)さんって」 「見た目によらずマメやからな。飯、ウマいし」  (えんじゅ)(あきら)が同時にうなずいた。 「オマエの秘書は何でもできてすごいなー」 「……俺のじゃない」 「同じようなもんだろ、電話一本で駆けつけてくんだから。……じゃあ、ウッドデッキで吸っていい?」 「駄目」 「……ちっ」 「(しょう)も大概やなぁ。いっつも断られとるやん。高梁(たかはし)さんに見つかったら、説教されるのは(まもる)やで。可哀そやろ」 「可哀そうではないけれど」  美術品のようなドイツ製ガラステーブルに、(まもる)はコーヒーカップを置く。 「面倒くさい。……話が長いから」 「そういや、インテリメガネ高梁(たかはし)の職場から近いんだよな、ここ」  (しょう)は窓の向こうにちらりと見えている、全室オーシャンビューを誇る高級ホテルに目をやる。 「へぃへぃ、我慢しますよ。あのヒトの飯、食えなくなるの、惜しいからな。でも、オレ、ハタチ超えてっから、法には抵触してねぇんだけどなー」 「出禁にならないだけでも、ありがたいと思いなよ。禁煙しろ、せめて節煙しろって、顔見るたびに言われてるくせに」  (まもる)の足元に座る(えんじゅ)が、定期的にプロのクリーニングが入る、シミや傷ひとつない無垢(むく)のヒノキのフローリングに、大の字で寝そべった。
/225ページ

最初のコメントを投稿しよう!