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蠢(うごめ)き‐1‐
突然、突き上げるような衝撃を感じて、渉は一瞬で覚醒した。
「え、な、うわっ!」
隣のベッドから槐の声がしたのと同時に、ドスンと鈍い音がする。
「ふぎゃっ!いってぇ~。……えんじゅかぁ~?はよどけやっ!」
「んなこと言ったって、イタっ、足ひねんな、バカ煌っ」
「地震?……でかかったな」
手探りで、渉がサイドテーブルにあるフットライトのスイッチを点けると。
二台のベッドに挟まれた床に置かれた寝袋の上で、じゃれているような槐と煌の姿が、ぼんやりと浮かびあがっていた。
「ホント仲良しだな」
「んなわけないじゃん!もー、手ぇ離せよ煌!」
「じゃあ蹴らんといてやっ」
「はいはい、仲良し仲良し」
もめているふたりはほったらかしにして、ベッドから下りた渉がドアを開ける。
「ぉわ?!……んだよ、脅かすなよ」
ダウンライトが点けられた廊下に、当たり前のような顔をした鎮が佇んでいた。
「……全員、起きたか」
「すげぇ地震だったからな。オマエの部屋、なんか落ちた?」
「地震じゃない」
「は?」
スマートフォンを差し出された渉は、鎮に一歩近づく。
「なに、ずっとここでスマホいじってたワケ?……ん?」
鎮の手の中にあるスマートフォンには、経済スキャンダルや、地方の「ほっこり動物特集」などが表示されるばかり。
地震に関する記事など、どこにもない。
「まだ速報が出てないってことか?」
渉のステキに形の良い眉がしかめられる。
(いや、そんなワケねぇな)
揺れを感じてからしばらく、じゃれ合う槐と煌の様子を眺めていたのだから。
(大雑把な震度くらい、余裕で出るよなぁ)
「ほかんとこは?」
「ない」
「嘘だぁ」
言下の鎮の否定に、客間から出てきた槐と煌が、それぞれ手にしていたスマートフォンを起動させた。
「嘘やろ。……あれ、ほんまにどこも?え、渉、どうしたん!」
呆気に取られている煌に返事もせずに、渉は階段を駆け下りていく。
(あれだけ揺れたんだからな。外に出てるヤツもいるだろう)
渉はリビングを走り抜け遮光カーテンを開けて、掃き出し窓からウッドデッキに出てみる。
だが、いくら辺りを見回しても、深夜のベイサイドは静まり返っているばかりだ。
ここはタワーマンション群の一角にある、贅沢な敷地を持つテラスハウス。
不夜城のような繁華街も近いのに……。
「静かやな」
あとから出てきた煌も、妙なものを感じているようだ。
「ベッドから落ちるくらいの揺れだったのに?」
ついてきた槐も、しきりに首をひねっている。
「それはお前がドン臭い、いってぇっ」
バスっと鈍い音を立てて、槐の膝が煌の尻を蹴り上げた。
「高等学校剣道大会で優勝した夏苅さ~ん、うるさいですよぉ~」
「お前なっ」
「静かにしてくださぁ~い」
「本当にうるさい。早く戻れ」
凄みのある声に、槐と煌が恐る恐る振り返ると。
「やっば、目がふたつ出とる。相当怒っとるで」
長い白髪の前髪をかき上げてにらむ鎮に、煌が背を丸め、大きな体を小さくしながら部屋に戻った。
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