蠢(うごめ)き‐2‐

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蠢(うごめ)き‐2‐

 部屋の中では、いつの間に戻っていたのか、(しょう)がガラステーブルに置いたタブレットの前で、胡坐(あぐら)をかいて座っている。 「あらやだ。あのコったら、読んでるのはニッポンの記事じゃないわ」  (えんじゅ)がふざけた様子で口に手を当てた。 「海外生まれの海外育ちやからなぁ、(しょう)は。生まれたのは……」 「北欧の……、どこだっけ。お母さんの国って言ってたよね。で、イギリス育ちだけど、小学校に上がるタイミングで日本に来たんだから、もう日本のほうが長いデショ」  (えんじゅ)(あきら)が見守る前で、タブレット画面には次々と新しい記事が表示されていく。 「あらやだ、アレは英語じゃなくてよ」  (えんじゅ)がさらにふざけた。 「あれ何語や?点々とかあるやつ?」 「ウムラウトのこと?あれは点じゃなくて波線、ティルデだよ。ドイツ語じゃなくてスペイン語だね」 「へー、そうなんや」  大して興味もなさそうに(あきら)はうなずく。 「英語はダメダメやけど、ほかの外国語はいけるんや?」 「いえいえ、まったく。文字の知識だけでございます。わたくし、骨の髄まで日本(にっぽん)男児(だんじ)ですからっ」 「金髪碧眼の日本(にっぽん)男児(だんじ)がおるかぁ」 「精神の問題だよ。ナンパするとき、売りにする(しょう)なんかよりずっと、」 「うるせぇっ!」  (しょう)が手にしていたマウスを投げ放つと、(えんじゅ)の額に見事なヘッドショットがキマった。 「いった!」 「地震だったか」  額を押さえる(えんじゅ)をイライラとにらむ(しょう)の背後から、(まもる)が声をかける。 「いや。日本どころか世界中、どっこも地震なんか起きてねぇよ」  ここにきて、ふざけっぱなしだった(えんじゅ)(あきら)が真顔になった。 「え……、ほんとに?冗談じゃなくて?」  (えんじゅ)は「信じられません」と書いてあるような顔をして、(しょう)の隣に立つ。 「オマエ、起きてたろ」  問い詰めるような口調の(しょう)に、ソファに座る(まもる)は無言でうなずいた。 「どこにいた」 「廊下」 「揺れたか」 「揺れた」 (こんな真夜中に、なんで廊下にいんだよ)  トイレへ立つなど、偶然いたわけではないことは、(まもる)の雰囲気でわかる。 「まさかが揺れたとか?……アホくさ」  自分で口にした内容のバカらしさに、思わずへらへらと(しょう)が笑う。 「もしくは、が感知した揺れだった」  表情ひとつ変えずに告げる(まもる)を凝視して、ほかの三人は言葉が続かない。  だって、明らかにおかしなことを言われたのに、妙に腑に落ちてしまったから。 「(えんじゅ)、マウス拾ってこい。関係するかどうかはわからねぇけど、これ」  すらっとした(しょう)の指が、タブレット画面を示した。 「あの時間、結構な土砂崩れが起きたらしい」 「なあんだ」  マウスをガラステーブルに置いた(えんじゅ)が、タブレット画面をのぞき込む。 「なら、それじゃん?揺れたのって」 「場所は箱根だ。距離があるし、さすがに揺れを起こすほどの規模じゃねぇ」 「……行かないといけないな……」  独り言をつぶやいた(まもる)を、(しょう)が再び振り返った。 「オマエがリクエストするのって珍しいな。そんだったら明日、行ってみっか」 「いや、ひとりでいい」 「んだよ、冷てぇな。一緒に行こうぜ」 「行ってどうすんの」  碧眼(へきがん)が心底嫌そうに(ゆが)んでいる。 「じゃあ、(えんじゅ)は留守番やな。汚部屋(おへや)のゴミ出し、しときや」 「え?!(あきら)も行くの?」 「ふぁ~。次、(えんじゅ)が床な。……言い出したら聞かへんのやから、このふたりは」 「え、ちょ、寝袋ヤダよっ!」  二階へと向かう(あきら)の大きな背中を、(えんじゅ)は慌てて追っていく。 「おまえさあ、(まもる)の行くとこ、絶対ついてくよね」 「まあ、先輩やからなあ」 「今は同級生じゃん」  ふたりの声が階段を上がって、消えていった。
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