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稀人(まれびと)‐1‐
履修希望をそれぞれの学部に提出し終えた四人は、昨日よりも盛り上がっている勧誘合戦も、見事にスルーをして。
昼前には箱根の地を踏んでいた。
「え……。どゆこと?」
まだほころぶ様子もない、固い蕾をつけた大島桜の下で、槐が目をぱちくりとさせている。
――ここより立ち入り禁止――
急ごしらえの手書きの看板が、細かな砂利敷きの小径の横に立てられていた。
そして、黄色と黒のコーンバーをセットした赤のカラーコーンがふたつ。
リゾートホテル敷地内の、コテージゾーンへと続く小径を塞いでいる。
「これじゃ鎮のヴィラに行けないね。ん……?土砂崩れって、この先なの?大変じゃん!渉、知ってた?」
「そりゃあ、なあ。何度も来させてもらってる場所だし」
「言ってよ!」
「オマエのスマホはキッズ、もといベビー用か?今どきキッズだって、オマエよか使いこなしてるだろ」
「あんまり得意じゃないんだよねぇ。らくらくスマホにしようかな」
渉に鼻で笑われても、槐はノンキに辺りを見回すばかりだ。
「なあんだ、ここだったのか。鎮が来たがるの当たり前だね。自分のヴィラがあるんだもん」
「……俺のじゃない」
ぼそりとつぶいて、鎮がスマホを取り出す。
「今、お時間大丈夫ですか?……ありがとうございます。高梁さん、箱根の……」
「あ、渉!どこ行くの?」
槐の大声につられて鎮が目を向けると、立ち入り禁止区域内に入り込んだ渉が、歩き去っていくところだった。
「だめじゃない?!」
「ダメって何が?私有地だろ、ここ。抵触する法があるとするなら、不法侵入くらい?でも、所有者の息子と一緒なんだから、あとは自己責任ってやつじゃね」
その背中を迷惑そうに見送った鎮が目配せをすれば、阿吽の呼吸で煌がうなずく。
「渉、戻れや!」
「イヤですうー」
捕まえよう追いかけてきた煌の腕を、ひょいひょいとかわしながら、渉はヘラヘラと笑った。
「……そう、なんですけど。でも、墓もあるから」
鎮の一言に、渉が耳をそばだて足を止める。
「はい。必ず連絡は入れます。……父にも、ですか。……わかりました。……ふぅ」
通話を切った鎮はため息をついて、何の説明もしないまま、煌と渉の横を素通りしていった。
「え、秋鹿さん、待って!」
つかんだ渉の肩を離した煌が、鎮のあとを追っていく。
「僕もついて行っていいの?!怒られない?」
カラーコーンの前でわたわたしている槐に向かって、手のひらを上に向けた渉が手招きをした。
「ねぇ、気持ち悪いくらいカッコいいから、普通に呼んでくれない?」
「これがオレの普通だけど?」
「うーわ、ムカツク。その余裕ありげな顔がいつか崩壊しますように!」
「誰にナニ祈ってんだよ。んなことあるわけねーじゃん」
いつもどおりの軽口の応酬だったけれど。
それが現実のものとなってしまうとは、このとき槐も渉も、想像すらしていなかった。
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