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「どうされたのでしょうね」
のんきに答えた私は、彼が手に提げているモノを見て、アッと大きな声を出してしまった。
「なんだよ。急にでかい声なんて出したら、びっくりするだろ」
「あの方、私の靴を持っていらっしゃるのです!」
学校指定のローファーは、深い緑色をしている。他校とは色が違うから、間違いないだろう。なにより、靴を落としてきたまま電車に飛び乗ってしまう人なんて、私以外に同じ電車内にいるとは思えない。どうして私はいつもこうドジなんだろう。
動き出そうとする電車に近づこうとした彼を、駅員さんが羽交い絞めにした。
「あーあ。捕まっちゃったな、あいつ。見たことない奴だけど、あれうちの高校の制服だよな。瑠璃の靴を拾って、追いかけてきたってところか。不運な奴だな」
「あの方が捕まってしまったのは、どう考えても私のせいですよね。どうしましょう」
電車が走りだし、彼の姿が遠ざかって見えなくなると、凛香ちゃんは窓に背を向けた。
「ま、良かったじゃん。瑠璃待望のロマンティックな出会いがあって。こういうのに憧れていたんだろ」
「ロマンティックな出会いって、どちらに王子様がいらっしゃるのですか?」
「王子様って、相変わらずだな。瑠璃は」
凛香ちゃんは電車の中を見回していた私の頬を両手で挟み、グイッと真下へ向けた。
「……靴下、真っ黒ですね。またお母様にお叱りを受けそうです」
「そうじゃない。そんなに鈍いと待望の王子様に出会っても、見過ごして終わりになるぞ」
「そんな! それは困ります」
ただでさえ、プリンセスのような女性になるという夢から、どんどん遠ざかってしまっているのに、このままじゃ王子様と恋に落ちるという最後の望みすら失ってしまう。
「片方だけ脱げた靴なんてさ、瑠璃の好きなシンデレラみたいだよなって言ってんだよ」
ガラスの靴を持って現れる、王子様の麗しい姿が頭の中に浮かんだ。
「気がつきませんでした。靴にばかり目がいってしまい、お顔も覚えておりません。お会いしてわかるかどうか。凛香ちゃんはどんなお方か覚えていらっしゃいますか?」
「あー、まあ一応な。ある意味瑠璃に似合いの男子だったんじゃないか」
「私にですか? どういうお方なのでしょう」
「学校で探してみな。ローファーの王子様」
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