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ガラスの靴じゃなくてローファーというのが、ロマンティックさに欠ける気はするけど、それでも期待が膨らんでしまう。私もとうとう王子様と出会えるのかもしれないと。
「そうしてみます!」
「ただあの様子じゃ、あいつは遅刻確定だけどな」
「そうですよね……。私、お探しして、きちんとお礼と謝罪をしようと思います」
「そうしな。あ、そうだ。話は変わるけど、この前、樹に会ったんだ。瑠璃に会いたがってたぞ。また、がんばりすぎているんじゃないかって、心配してた」
「樹君がですか?」
樹君は、私の住む笹町商店街にある八百屋田澤の息子さんだ。田澤のおじさんはうちの和菓子屋『りんどう庵』のお得意さんで、頻繁にお店に来てくれる。樹君とは家が近かったこともあり、小さいころからよく遊んだ仲だ。中学に入ってからは、隣町に住む凛香ちゃんと三人で一緒に帰ったり、休みの日に遊びに行ったりもしていた。
樹君は、私の知る一番気軽に話せる男の子だったのに、高校で学校が別々になってからは、めっきり顔を合わせる機会が減ってしまっている。
「瑠璃、最近なんか無理してる気がするからな。また、夏美サンにしごかれているんだろ」
「たしかに春から茶道部の部長になりましたし、お稽古ごとやりんどう庵のお手伝いは忙しいですが、私は元気ですよ。お母様が厳しいのは、私の将来を思ってのことですし」
「瑠璃がいいならいいけどさ。とにかく、近いうちに樹にも会ってやれよな」
「今度、八百屋田澤に行ってみます」
私と凛香ちゃんは、なんとか遅刻せずに教室に入ることができた。遅刻なんてしたら、またお母様からお小言を頂戴してしまうところだったから、ヒヤヒヤしてしまった。
私はいつも凛香ちゃんに助けられてばかりで、何の恩返しもできていない。
急いでカバンの中身を机の中にしまい、一時間目の授業の準備をしはじめた。
用意が終わっても、担任の明石先生はまだ教室に来ていなかった。もうすぐ授業が始まってしまうというのに、どうしたんだろう。一時間目は明石先生の数学だから、このまま自習になるんじゃないかと期待する声もあがり始めている。席を立って喋っている子たちもいて、教室はとても賑やかだ。
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