箱庭

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 あの日、私は間違えたのだ。  勇者と呼ばれる貴方と。  世界を守るために立ち上がった大切な仲間達と。  魔王を倒せば平和が訪れると、そう信じていたのに。 「行け!」  血塗れになりながら、盾の聖騎士と呼ばれた男は笑ってみせた。 「俺を誰だと思っているんだ?」 「ふざけんな、ですわ!」  禁呪とされた魔法を使い、反動で自慢の美貌が焼けただれた梟の魔女が高らかに笑う。 「この私に、勝てると思っていらっしゃるの?」 「次に死にたいのは誰だ?」  片足が千切れた射手が木を支えに矢を構え、氷の呪いと呼ばれた皮肉げな笑みを浮かべた。 「足は無くても、まだ両手が残っているぞ?」 「ここは通さない!」  勇者と呼ばれた貴方は、私を見て笑った。 「君だけでも、逃げてくれ」  あの日、私達は間違えたのだ。  本当に倒すべき相手を。  魔王を倒して凱旋した私達を出迎えたのは、国民の歓声と、王家の裏切り。  あの日まで、私達は知らなかったのだ。  本物の悪を。  全ては、王家の掌の上で起きていた。  魔王と呼ばれた存在さえ、王家の思惑の上で存在を許されていたのだ。  魔王を倒し、国民の支持を一身に集める私達は、王家にとって目障りな存在となった。  そして、用済みとなった私達は王家の兵に命を狙われた。  最初は、信じられなかった。  けれど、身体の、心の痛みが、これが現実だと嫌でも思い知らせてきた。  逃げるうちに靴はどこかで脱げてしまい、足の爪が剥がれて血が止まらない。 「いたぞ! 聖女だ!」  とうとう見つかってしまった。  もはや、生き延びる術はない。  皆が、貴方が、命を賭けて逃がそうとしてくれたのに。 「祈りを……」  許さない。  許すものか。  聖女と呼ばれた私の力の全てを、この命と引き換えに。  偽りの平和を。  箱庭の権力を。  全てを、無に返そう。 「あぐっ……」   尖った刃の先が、私の胸を貫いた。  激しい痛み。  息が出来ない。  ごぼり、と私の口から血が溢れ出す。  祈りを。  私の最期の祈りを。 「……とき、はな………て」  聖女と呼ばれた私は、様々な穢れをこの身に封印してきた。  その全てを、この世界に還そう。  私の首に、冷たい刃が当たった。  愚かな……。  私は慈愛の聖女と呼ばれた時と同じように、笑ってみせた。  穢れは、すでに解放された。  彼らの信じる箱庭は、もはや滅びゆくのみ。  救ってくれる勇者は、もう、どこにもいない。  あの日、彼らは間違えたのだ。          
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