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紫陽花
紫陽花の花びらから雨滴が一つ落ちた。
雨の似合う花だ。
紫陽花ほど雨の好きな花はないだろう。
今はそこに、線香の香りが漂っている。
丘の下から砂利を踏む随分性急でガサツな音が近づいてきた。
おいでなすった。
「犯罪なら協力せんぞ!」
幼稚園の頃から変わらないこの頭ごなしな大声。正義感の男。
いつも同じ茶色のトレンチコートに同じ色のハットをかぶったこの男は、今は警察に勤めているのだった。
「犯罪なら呼ばねえよ」
俺が言うと、隣でレザースーツの女が立ち上がった。
幼稚園の頃は小さくてかわいかったのに、こんな花瓶のような体形になるとはまったく予想できなかった。それに妖艶な笑顔。
「手柄になるわよ。きっと。警察にとっても悪い話じゃないわ」
幼稚園の頃はなかったヤギ髭を生やした男が付け足す。
「俺らにとっちゃ、まったく金になんねえ仕事だけどな」
和服の男はしゃがんだまま、じっと正面の樹木を睨んでいる。
幼稚園の頃もそういえば、何を考えてるのかわからない男だった。
「欲では動かん。義にて動く」
トレンチコートの男が業を煮やした。
「呼び出しておいてなんだ。早く言わねえか」
「言うけど、その前に霊前に手を合わせたら?」
「お。そうだったな」
レザースーツの女の言葉に、トレンチコートの男は手を合わせ般若心経を唱え始めた。忙しいんだかのんびりしてるんだかわからない男だ。
「さあ。話してくれ」
俺たちは、トレンチコートの男に計画を話した。
実行は、2時間後。
「わかった。協力しよう。これから停戦協定だ」
「話がわかるね。さすが」
「その前に飯を食わんか?」
「だな」
俺たち5人は並んで砂利を踏みながら、丘を降りた。
俺が紫陽花に手を合わせるのは、この仕事が終わった後だ。
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