アルセーヌ

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アルセーヌ

小説にもなった大泥棒、アルセーヌ・ルパンが、その最晩年を日本の本州の最北、青森の漁村で過ごしたことは一般には知られていない。 と書くと語弊がある。 一般に知られていないどころか、今となってはこれは、俺しか知らないことだからだ。 年老いて泥棒を引退し、のんびり余生を送るつもりだったパリ郊外に住むアルセーヌを、フランスの官憲は放っておいてくれなかった。 ついにアルセーヌと接触に成功したフランス当局は、彼を即刻逮捕することの代わりにスパイとして日本に派遣することを申し出たのだった。 彼は、泥棒だけではない、変装と語学の天才だからだった。 時は、第二次大戦末期。 アルセーヌは、戦争の色一色に染まった東京に記者として派遣されるも、取材の途中に姿を消した。フランス本国には、日本の特高に拉致されたと報告されたが、真実はまるで違っていた。 変装と語学の天才だったアルセーヌは、その頃、佐々木実と名を変え、青森の漁村にいた。初めは、漁師の手伝いをして糊口をしのいでいた彼だったが、その博識は知れ渡り、やがて先生と呼ばれ私塾を作るまでになっていた。 そして、戦争が終わると同時にアルセーヌは若い村の娘を娶った。 その娘が俺の祖母だった。 そして、一年後には、俺の親父、佐々木二正が生まれたのだった。
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