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約束
すでに再婚して子供もいる母から親父の事で連絡が来たのは、それから20年もあとの事だった。親父が死の床にいるらしい。自分は行くわけにはいかない。病院に行ってくれないかと。
俺は、あれ以来親父とは一切連絡を取っていなかったが、母とは時々電話でやり取りをしていたのだった。家を飛び出した高校生の俺に生活費を提供してくれたのも母だった。
親父は、三畳一間のアパートの、ごみの中から警察官が発見したらしい。異臭がすると通報があったのだった。親父は死病を患い、もはや虫の息だった。
俺は、6人部屋の病室で20年ぶりに親父と再会した。
親父はずいぶん小さくなっていた。
「お前。すっかりおっさんだな」
「うるせえ。そっちは、すっかりじじいだ」
不思議ともう憎しみはなかった。
ただただ哀れみだけが俺の心を漂う。
「お前。今は何してんだ?」
「夢は叶えたぜ。俺には素質があった。アルセーヌと同じ仕事だ」
「ははは。たいしたもんだ。お前」
言うと親父は痰を詰まらせ、げほ、とせき込んだ。せき込むのも力がない。
「親父。まだやってんのかよ。ペンギンの」
親父は、じっと俺の顔を見ている。
そして、その目から涙が伝った。
「俺は、俺の人生を失敗した」
「・・・」
「こんなはずじゃなかった」
「・・・」
「今になってわかる。俺は人生ごと、騙されたんだ」
「わかったって」
親父の目から、涙が流れ続けている。
「親父」
「・・・」
「親父は、アルセーヌ・ルパンの息子だ」
「それがなんだ」
「そして、俺は、アルセーヌ・ルパンの孫」
「ああ」
「一つ、親父に約束してやる」
俺は親父を廃人にしたものに報いなければならなかった。
そして、ルパン家の名誉を回復しなければならなかった。
俺には俺のやり方があった。
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