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墓地
「おいおい。これでいいのか?お前」
雨上がりの紫陽花が色とりどりに咲いている。
丘の上に立つ小ざっぱりとした寺院の境内の中、よれよれのハットにヤギ髭を生やした男は、俺に向かってあきれたような口調でそう言ったのだった。
「ああ。これがいいんだってよ。親父は」
「ふうん。でもな。なんかねえのか、お前の親父がここに眠ってるって証拠」
寺院の中の紫陽花の咲くこの広い場所は、墓地だった。
墓石はない。樹木葬というらしい。
親父は、今はこの咲き誇る紫陽花の下にいる。
「なんもいらねえんだってよ」
「名前のプレートみたいなもんはよ」
「銘板な。それもねえ。紫陽花になりたかったらしいぜ」
ヤギ髭は苦笑した。
丘の下の方から、砂利を踏む二つの音が近づいてきた。
「お線香とお花位、自分で買うべきね」
黒い全身のレザースーツに身を包んだ女は菊の花束を持っていた。彼女は、俺の隣に立つと、長い髪を掻き、あでやかに笑った。その体のラインは、女の横顔か体の側面かわからないロールシャッハテストを思わせた。
「樹木葬とは。お主はいい父上を持った」
年中草履履きで和服を着ている長髪の男は、しゃがんでマッチの火を線香に移しながら、そう言った。
和服の男が線香立てに線香を立てるのを見て、レザースーツの女はしゃがんで花束をそのそばに横たえ、手を合わせた。
ヤギ髭と和服の男も手を合わせている。
レザースーツの女が振り向いた。
「ねえ。あなたは?」
「俺はいいんだ。まだ」
「お父さん、骨壺の中から見てるわよ」
「骨壺はねえよ。骨をそのまま土に埋めたんだ」
「そ」
「壺みたいなもんはこりごりだってよ」
レザースーツの女は口の端で少し笑った。
俺は目を閉じた。
目を閉じて、俺は昔本人から聞いたルパン二世の人生を振り返った。
ルパン二世は、俺の親父だった。
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