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どこからかひんやりとした風が吹いてきて、陸がぶるりと身震いした。
ミラーハウスなだけあって、周りは鏡だらけだ。とりあえず進むか、と歩き始めた。陸は俺の手を握り、不安そうにあたりを見渡している。小さな手は温かく、俺の頑なな心が少しだけほぐれた。
曲がり角を勢いよく曲がった途端に何かが飛び出してきて、思わず俺は悲鳴をあげた。その悲鳴に驚いた陸も叫ぶ。
しかし飛び出してきたものをよく見ると、鏡に映った自分である。
「パパ、鏡の中の自分に驚いたの?」
バカにしたように陸が笑う。かっと顔が熱くなった。大人気ないことはわかっているけれど、口から飛び出す言葉は抑えられない。
「うるさい」
そう言って陸の手を振り払った。陸はハッとした顔をして泣きそうな顔で俺を見つめ、すぐに唇を引き結んで俺を睨みつけた。
「親をバカにするな」
俺の言葉に陸は目に涙を溜め、俺の手をぱしりと叩いた。こら、と言う前に陸が口を開く。
「パパなんて大っ嫌い。いっつも仕事ばっかりだし、僕のことだって嫌いなんでしょ。いいもん、僕だってパパ嫌いだもん」
一息にそう言うと、陸は踵を返して走り出す。
「こら、待て!」
追いかけようにも、迷路になっているせいでどこに行ったのかわからない。右か、左か。むやみやたらに走っているうちに、行き止まりの道に迷い込む。
「陸!」
名前を呼んでも、返事は返ってこない。
俺は呆然と立ちすくんだ。鏡に映る何人もの俺が、何かに傷ついたような顔で立っている。
自分から手を振り払ったくせに、あの小さな手の温もりを恋しく思っていることが情けない。俺だって「嫌いだ」という態度で接していたくせに、陸に嫌われて傷つくなんて。
きっとミラーハウスの『悪者』は、俺だ。
唇をぎゅっと噛み締めて歩き出す。とにかく出口を探さなければ。
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