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 俺の父親も仕事ばかりの人間だった。たまに話しかけても、返ってくるのは「ああ」「うん」だけ。まともに目を合わせたこともなかった。  今思えば、父も俺とどう接すれば良いかわからなかったのだろう。  どうしてお父さんは僕と話してくれないの。  直接、そう聞いたことがある。父は苦虫を噛み潰したような顔で、 「俺は……子供が、苦手なんだ」  そう言った。  父は俺が小学生になる前に病気で亡くなった。彼が亡くなる前、一人で病院に行ったことがある。  痩せ細った手はまるで老人のように白く、酸素マスクをつけた顔にはクマができ、頬もこけていた。  痛み止めのせいで、1日の大半を眠って過ごしている父に話しかける。 「……お父さん」  俺の声に、ぴくりと瞼が動く。ゆっくりと目を開けて、俺の方を見た。生気がほとんど失われた黒い瞳に、俺の顔が映る。まるで鏡のように。  ただ何を話すでもなく、俺たちは見つめ合っていた。  俺は父のその瞳に、俺への愛情を見出そうとしていた。まだ幼い俺にその自覚はなかったが。  しばらくの後、父はふっと小さく微笑んだ。俺の名前を無声音で呼び、静かに目を閉じる。 「お父さん」  眠ってしまったのか、呼びかけても反応はない。  父が俺をどう思っていたのか、結局語ることはないまま彼は亡くなった。  火葬場の煙突から立ち上る煙を見ながら、父の言葉を思い出す。  俺は、子供が苦手なんだ。  俺はその言葉をずっと許せないで、ここまで生きてきたのだ。それなのに。  俺は今、許さないと思っていた父親と同じことをしている。子は親の鏡、なんて言うけれどまさにそれだ。  でも父親とは違うことが一つだけある。  ――俺たち親子にはまだ、時間があるってことだ。  俺は意を決して、陸の方へともう一歩足を進めた。
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