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「結婚して下さい……
何言ってんだって思うと思います。告白すら断られた俺がこんな事言うのも可笑しいんですが、それでも佐藤さんと一緒にいたい。国籍とか言葉とか他にも気になる事はあると思います…でも一緒に乗り越えて行きたいんです…笑顔でいてほしいし、頼ってほしい。」
佐藤さんは俯いたまま聞いていた。当たり前か…急に来て結婚してくれなんて、我ながら結構気持ち悪いことを言っていると思う。下手したらストーカーで通報だ…諦めたくはないけど無茶なこと言ってるからな…
「もう何かを失うのは怖いんです…」
か細い声が…それでも鼓膜を揺らす。何か秘めた思いが彼女の声色から滲んでいる。
「主人は事故で亡くなりました。朝いつもの様に『行ってきます』と言ってそれきり帰って来なかった。何も変わらない一日のはずでした。主人はよく『明日は我が身…悔いなく毎日を過ごさないと…』と言ってました…分かっているつもりでした…でもどこか他人事だったんです。ニュースで見ること聞くことは自分とは関係無いんだと」
深い深い深海の様な…余りに深くて重い色に思わず彼女を抱きしめていた。
「絶対に死なないとは言えません…でも出来る限り長く生きると約束します。毎日を…毎時、毎分、毎秒をあなたの為に繋ぐと…」
息を呑む…抱きしめられたままの彼女は、躊躇いながらも腰の辺りの服を握りしめてくれた。本当に小さく微かな頷きと嗚咽を只々、抱きしめた。
落ち着くまで腕の中の宝物を誰にも取られないように…
どのくらいそうしていたか分からなかった。足元からナァ~ン…ニャン!と白いモフモフがグルグル喉を鳴らして絡みついていた。
「珍しいんですよ、シュガーが初めて会う人に近づいてくるなんて…」
シュガーもきっとユンジュンさんが好きなんですね…
日本語で紡がれた言葉にハッとした。日本語の勉強をしていて何度も躓いた言葉。難しさに悶えながらも覚えていて良かった!
「今、シュガー”も”って言いました!?”も”ってことは佐藤さんも…いやっ、でも、ソルトのことか!?」
急にあわあわしだした俺をシュガーは驚いた顔で見上げていた。さっきまでクスクス笑っていた佐藤さんは、真面目な顔で何か言葉を探しているようだった。彷徨っていた視線が俺の目を捉え、意を決した様に言葉を紡いだ。
「今すぐに結婚は難しいので…結婚を前提にお付き合いでもいいですか?もっとユンジュンさんのこと知りたいから…」
あまりの衝撃に言葉が出なかった。人間は驚き過ぎると本当に何も出来ないことがここで証明された。カッチカチに固まった俺を佐藤さんが困った顔で見つめている。何か話さないといけないのに…何も言葉にできない。こんなに嬉しいのに…俺から出るのは言葉にならない嗚咽で…自分が泣いている事に差し出されたティシュで気づくとか、大の大人が泣くとか、いつぶりに泣いただろうとか、思ったより緊張してたんだなとか、沢山の感情が入り乱れてこんがらがって…でも本当に嬉しくて…やっとの思いで動いた身体は佐藤さんをもう一度抱き締めていた。
「ありがとう…俺の想いを受け止めてくれて…本当に嬉しい。」
いつの間にか足元にはソルトとシュガーがいて、2人の顛末を見届けていた。
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