3人が本棚に入れています
本棚に追加
22
10…9…8…7…
「ねぇねー!ただいまー!今日のご飯何ー?」
思いの外、早まったカウントに俺の思考は停止しそうだった。
「お兄ちゃんだれー?」
「あ…えっと……」
「お兄ちゃん、どうしたの?どっかいたいの?つらい色してるよー?」
日本語で話しかけてくる翠に、韓国語や英語で話しかけるわけにもいかず、近くにいた紅に助けを求めた。紅は翠にお母さんに会いに来た人だと説明した。さっき翠が何を俺に言ったのか教えて欲しいと頼んだが言い淀んだ紅に困惑する。ハッキリ物を言う彼女を見ていたので不思議な顔をしていると、少し躊躇ったのち言葉を紡いだ。
翠は俺に”辛い色をしてる”と言ったと…
物心ついた頃から人が話していると色が見えると言い出した…病院に行って共感覚ではないかと診断されたと…
紅の話しを聞いて吃驚した。まさかこんなことがあるなんて…共感覚は遺伝する…頭の片隅に追いやられていた記憶が蘇る。共感覚についての論文やデータをやたら読んでいた時期がある。その一つに両親のどちらか一方に共感覚の遺伝子があれば必ず子供は共感覚になると。
「ただいまー誰かお客さん来てるの?」
佐藤さんは俺を見て固まった。当たり前だ…何年も前に連絡を取らなくなった男が家にいたら驚くに決まってる。
「佐藤さん…あなたに会いに来ました…」
どうにか言葉にした俺を固唾を飲んで見守る紫ちゃんと紅…何も分からずキョロキョロする翠が視界に映る。お互い次の言葉が出ないまま、秒針の音だけがやけに響いた。
「もぉ!ママンもユンジュンさんも緊張し過ぎ〜!あっちの部屋で話ししてきて〜翠は手ぇ洗って先にご飯食べよぉ」
紅の言葉に止まっていた空気が流れ出す。ほらほらあっち〜と背中を押され隣の部屋に連れて行かれた。ナァ〜ンと足元にすり寄ってくる猫に緊張の糸が切れた。
「可愛いですね、名前は何と言うんですか?」
「ソルトです。もうひとりいるんですけど、その子はシュガーって名前なんですよ。子供たちが真っ白だからとつけたんです。」
優しい顔で話す佐藤さんの周りに淡いピンク色が広がったことに驚いた。佐藤さんと連絡が途絶えて、周りがゴタゴタしだしてからあんなに悩まされていた共感覚がピタッと無くなった。ついさっきまで何も感じなかったのに…
「会いたかった…自分がこんなにも諦めの悪い奴だなんて思ったこともなかった。佐藤さんと連絡が取れなくなって周りが騒がしくなって…問題が山積みになっても、どうしてもあなたに会いたかった…どうして連絡をくれなかったんですか?翠のことが関係していますか?」
佐藤さんが動揺しているのが伝わって来た。唇をギュッとしめ、視線を落とした。
「ごめんなさい。翠のことは私が勝手にしたことです。ユンジュンさんに認知して貰おうなんて思っていません。もちろんユンジュンさんの婚約者にこのことを伝えるつもりもありません。迷惑を掛けるつもりはないのでどうか何も言わずに帰って下さい。」
あんなにも優しい色が嘘みたいに哀しい色に変わった。笑顔でいて欲しいのに…
「佐藤さんにそんな顔も色もさせたいわけじゃないんです。不安にさせてすみません…まず訂正させて下さい。」
そう言って事の顛末を話した。見合いの話、偽の婚約者、兵役、向日葵の写真…点と点が繋がって今、線になった。
どうしても伝えたいことがある…それを伝える為にここに来たと。
最初のコメントを投稿しよう!