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29.文化祭(6)
(——なにこれ?なにがおこってるの?)
目の前で起こっている事態を受け入れられず、少女は呆然としている。
今自分が抱きささえている息子……ぷーすけは
「……母上、だいじょうぶですか?」
心臓を貫かれ血を吐く身でありながら、母を案ずる。
「そんな不安な顔をなさらなくともだいじょうぶです。母上のことは、わたしがお守りいたします」
気丈なことばを発す火の王子は、しかし、もはや崩れかかって人の形を保てなくなってきた。
彼は自分と同じく崩れかかる同胞に向かってことばをかける。
「——ちくわ、エネルギーが足りない。かまわないな?」
それに対して、緑髪の王子は
「……ああ、そのぶんこっちも守ってくれよ」
「わかっている」
火が木に燃え移る。
「ちくわ!」
「そんな。ぷーすけ!」
母のことばに、息子は
「——ああ。このように母上の腕(ただむき)に抱きかかえていただけるのは、生まれてはじめてですね。しあわせなことでございます」
その美しい顔(かんばせ)をほころばせると、ちくわの体を飲みこみながら、佐和子そして直実を守るように炎の壁となって、金の王子の前に立ちはだかった。
文字どおり無機質な王子は
「——ふむ。死してなお仮りそめの親を守ろうとは、おろかな連中だ。時間が経てば火も消えようが……まあよい。
これで私以外の王子はみな死んだ。ふるさとに戻れば、私が次の王だ。やっと、このくさい世界から離れられるし、くだらん人間ごときにいつまでもかまってはおられぬ……せいぜい命拾いしたことを、その『息子』たちに感謝することだな」
捨て台詞をのこすと、姿を消した。
しばらくすると、ほんとうに火は消えた。
佐和子はただ呆然としていたが、直実は
「ちくわ!ちくわ!」
泣きさけびながら、木の王子がいたあたりを必死にまさぐる。そして
「青柳さん!これ見て!」
手に取ったのは黒焦げた木の実(状のもの)だ。
「これ!多分ちくわだ!どうにかして、もとに戻せないかな?」
ほんとうにそれが、ちくわののこしたものなのかどうか少女には判断がつかない。
ただ半狂乱のようになった少年は必死で
「どうしたらいいんだろう?……そうだ、医者!昨日会ったアチラの医者のところに行こう!あの医者なら、ちくわたちを治してくれるかもしれない!」
たちって……もう、ぷーすけは影かたちもな……
「はやく行こう!はやく行って診てもらわないと!受診の時間が終わっていたら、たいへんだ!」
言っていることがちょっと訳わからなくなっているけど、今のせっぱつまった表情の直実にさからう気は佐和子には起きなかった。
それに、たしかにあの医者ならなにか良い考えを持っているかもしれない。
いっしょに昨日のアパートを訪れる……
はずだったが、しかし少年少女が診療所にたどりつくことはなかった。
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