30.文化祭(7)

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30.文化祭(7)

「——なんでだろう?たしかにこのあたりにあったはずだよね?」 「あると思ったけど……」  ふたりで散々歩き回ったが、どうしても昨日訪れたオンボロアパートのすがたをとらえることができない。  直実は「そうか!」  愕然とした表情を浮かべると 「昨日、ちくわが言ってた。あの診療所は、ふつうの人間ではたどりつくことがむずかしいんだって……。サカイモノとかいう特殊な体質のものしか行けないって、言ってた。 『おれと関わってるから、おまえみたいなふつうの人間でも行けるんだぜ』って……なにをえらそうにって思ってたけど、ほんとうだったんだ……」  悄然(しょうぜん)とすると、肩を震わせながら木の実を握りしめ 「ウッ……ウゥ……ごめんよ、ちくわ。ぼくはおまえをたすけてやることができない……こどもをたすけることもできないだなんて、ぼくは父親失格だ」  嗚咽(おえつ)する。  佐和子は声もかけることもできず、同級生のそばで立ちつくしていたが、しばらくすると 「——ごめんよ、青柳さん。みっともないところを見せて。女の子のきみはなんともないのに、男のぼくばっかり泣いて……まるっきり根性無しだ。こんなんじゃちくわに怒られる。ごめんよ。ぼくもう帰るよ。きょうはどうもありがとう、なにかあったら連絡する」  そう言い残してひとりで去っていった直実を見送ると、おなじようにひとりで家に帰った。  39fcb87c-cf17-4dd5-8bbb-3ffbe20b15a3「——あら、佐和子。おそかったわね。きょうは昼までじゃなかったの?……それより、なに?ひどく制服が汚れてるじゃない。はやく出しなさい。洗濯してあげるから」 「……はい」  母……宏美が、ぷーすけになにも触れないことが不思議だった。  夕飯の席でも、昨日まであったぷーすけの分の食事が省かれている……というより、最初からそんなモノはいなかったことになっているのだ。  父や母の記憶には、あの赤い髪の美青年のすがたがない。それが、妖精や妖魔……アチラモノというもののありかたらしい。
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