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聖子と竜は今のところすこぶるうまくいっているし、みんなが何を問題視していたのか、市川はいまだによく理解できていない。これは俺の価値基準がまだ子どもだからなんだろうなと、漠然と考えるのみだ。
ディナー当日、市川は一応襟のついた半袖シャツを着込んだ。事前にドレスコードはあるのかと聖子に訊いたが、「ミシュランの星はまだもらえてないみたいだから、Tシャツでもいいんじゃない。もじゃもじゃのすね毛、出してなきゃ大丈夫だよ」と、至って無責任な返答だった。
予約は午後7時。30分前に、聖子が市川のマンションまで、小さな赤い車で迎えにきてくれた。さすがに夏の長い日中も終わりを告げてはいるが、暑さだけはまだまだしつこく居残っている。
「おっ、今日はひときわイケメン」
助手席に乗り込むなり声がかかった。
「あざっす」
そういう聖子も、今日は珍しくワンピースのようだ。サーモンピンクに少しだけ茶色を流し込んだような渋い色合い。上に白の薄手のカーディガンを羽織っている。
やっぱりそうだよな、と市川は思った。可奈が着ていたあの大胆な柄は、似合うけれども選ばない。
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