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可奈に突然会いにきた日から1ヶ月近くが経っている。聖子が車を乗り入れたのは、驚いたことに、その可奈との再会の場となった従業員用の駐車場だった。
「こっちなんだ」
「まあ、半分身内だからね」と、車を降りた聖子を見て、市川は感嘆のため息をついた。
「ヨギさん、なんか……、雰囲気違って、すごいステキです。あ、マスター、見たのかな」
「見るわけないじゃん。仕事行っちゃってたよ」
「絶対に見せにいきましょうね。マスター、泣いて喜びますよ」
薄暮のなかに立つ聖子は、職場から戻ってきた時の女性管理職の空気はもちろん纏っていないし、普段の機能性重視の軽装でもない。くすんだサーモンピンクの膝丈のワンピースは、ウエストを絞っていないストレートライン。長めの髪はうしろで緩くひとつに縛っている。もとから美人ではあるが、シンプルな装いで顔立ちの派手さが強調されて、思わず『マダム』と呼んでみたくなる。
「あんたさ、それ以上チャラくなったらヤバいからね」
どんな服装をしても、口だけは変わらないようだ。
「ヨギさんだけですって」
「ほらあ、そういうとこなんだよ」
坂道を降りて、『ル・ポン』の正面入り口に向かう。
従業員用駐車場は、時刻が違うせいで、あの日の印象とはずいぶん違った。
竹藪がざわざわと風に応えた。
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