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会計をすませて裏口へまわると、段取りどおりに森元が扉を開けて待ってくれていた。
「はーい、ザキさーん、来ましたよー、愛しのヨギちゃんと市川くん」
「あー、ヨギちゃあん」と、甘い声を出して木崎が奥から駆けてくる。
抱きしめそうな勢いが寸前で止まった。「え、なに、今日、すごいステキだよお。あ、いつもよりってこと。えー、こんなの、見たことない。でもなんで、なんで市川が先に見るんだよー」
厨房で3人の調理師が笑い声を立て、わらわらと戸口のほうへとやってきた。
ホールに残っていた客は2組ほどで、それもすでにメインは終わっていたから、みんな手隙になっていたのだろう。東京などの大都市とは違い、地方の夜は土曜日であっても早い。
こんばんは、やら、お世話になってます、やら、初めましての挨拶のあいだ、木崎は聖子の肩を抱き「俺の奥さん」を、満面の笑みで連発していた。
少しはにかんだ顔をしている聖子を珍しく感じつつ、市川はこのふたりが結婚して本当によかったと心から思った。そして羨ましくもあった。同時に、自分が木崎のような気持ちになることはないだろうとも思った。哀しいけれど嬉しい、不思議な感覚だった。
コックコートを着た木崎は、『ル・ポン』で働き始めるのを機に短くした髪のせいもあるのか、チャラ男要素が少しだけ抜けて、渋みが増したように見える。
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