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聖子と市川のスマートフォンで、木崎と聖子、木崎と市川、そして3人の写真を撮った。
「じゃあ、車、気をつけて帰ってよ」
木崎がキスしようと近づけた顔を、聖子が「ごちそうは帰ってから」と、平手で押し返し、みんなの笑いを誘った。
聖子が、よろしくお願いします、と深々と頭を下げて、あわただしい挨拶の時間が終わった。
暗い静かな坂道を駐車場へと登る。街灯は遠く、車も滅多に通らない。
みんなにうまく溶け込んでるみたいですね、そこは客商売で鍛えてるから、などとぽつぽつと言葉を交わしながら、無駄に広い道路を、少し距離を取って並んでゆっくりゆっくり歩いた。
「新しい店でも着ればいいのに、コックコート。やっぱ、似合うなあ」と、市川が言うと、そうだね、という気のない返事が聞こえ、すぐに「市川くん……、好きなら、ちゃんと言わなきゃ」と、息の混じった声がした。
坂道、結構きついもんな、と思いながら、そうですね、と応えた。
「ちゃんと言わないと、伝わらないよ」
「そうですよね。うん……、だけど、誰に言ったらいいんだろ」
「え、誰、って……、そりゃあ、本人に決まってるじゃない」
「本人、なあ……。でも俺、よくわかんなかったし」
「え……、なんで……」
「なんでって……、それは、誰が誰やら」
「はあ?」
「いや、誰がパティシエさんだったのかな、って……」
「はい? え? ちょっと、あんた、なんの話してんの」
聖子の足が止まった。
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