テイクファイブ

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テイクファイブ

    絵は終盤に差しかかっていた。  グレイヘアの一本一本に生じる光と陰。大きくて丸い瞳にのぞく茶目っ気。その奥に宿る明るさと暗さ。愛。孤独。目尻の襞。膝に置かれた手のシミと皴。  リアルに描きつつ、彼女の持つ魅力を、年齢を重ねた美しさを、表現したい。 「ずいぶんシンドイこと頼んじゃったかしら。岳人くん、このごろ悩んでない?」  老女を描くなんて生易しくないわよねえ、リアルに描けば皴だらけだしそれなり以上に描いたら真実じゃないし、困るわよねえ。 「ちょっとテイクファイブ、しましょ」  白川さんはいたずらっぽく片目をつむる。ああ、そんな目をしないで。 心の声が切なく嘆息する。ぼくは懸命に平静さを装う。 「テイクファイブ?」 「五分間休憩しましょってこと。ジャズで有名な曲があるわよ。五拍子のしゃれた曲よ」    ユーチューブでさがして再生する。 「ああこれ知ってる!」 「そうそれ。いいでしょ、タタッタタタタ……五拍子と五分を掛けてるっていわれてるの」  彼女はぼくの知らないことをたくさん知っている。彼女がステキなのは、七十五年の年月のなかで醸成された白川桃枝の豊かな内面が、巧まずしてにじみ出ているからだ。オーラを放つのはその無意識の発露だ。  白川桃枝本人も気付いていないだろう内面を、表現したい。 「悩んでるんはぼくが力不足やから。桃枝さんの魅力をぜんぜん表現できないから」 「あらそんな。よく描けてるわ。これでまだ未完成なの? 仕上がるのはいつごろ?」 「絵って終わりがないんや。油画はいつまででも絵具をのせれるから。どこかで自分をむりやり納得させて、ええいここまでや、って」 「ええいここまでや、か。面白いわうふふ。……ねえ、今月中には終わるかしら?」 「期限切られたらつらいな。もっともっと手を入れていいものにしたい。桃枝さんの知性とか茶目っ気とか、トレゾァの香りが漂ってくるような大人の女性の部分とか。いつまででも描き続けていたい」  いつまででも……。
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