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夕光(ゆうかげ)
洋間のカーテンと窓を開けて、庭を見ながらホットコーヒーを飲んだ。
夕方だった。
せせらぎが聞こえる。
夏の盛りに比べると日差しがやや斜めに伸び、部屋の少し奥まで差し込んでいる。クーラーで冷えた体にじんわりあたたかい。
永久に続きそうに思える平和な夏の夕暮れだった。
「岳ちゃん、やっぱり八月いっぱいで終わりにしましょうか」
白川さんの大きな目に夕光が翳をもたらす。
「終わりにしましょうかって?」
コーヒーカップが口の手前で止まった。
「うーん、わたし、足ももう、だいぶんよくなってきたでしょう? 一人でもやっていけると思うの」
突然だった。ぼくはぽかんとして言葉が出なかった。絵のことだけをいっているのではないとわかった。
「油絵って、ずいぶん時間がかかるのね。モデル業に疲れちゃった。うふふ。軽い気持ちで頼んでしまったわ。岳人くん、夏のあいだ勉強もできず絵にかかりっきりだったでしょ。学生は学業が本分なのに申し訳なかったわ」
「ぼくは絵が学業やから、心配いらないよ。かえって勉強になってるくらいやし」
そう?
でもね。年寄りのところになんども通って病院だの買い物だの、そんなこと若い人にいつまでもさせてちゃいけないわ。
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