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藤の花
翌日、イーゼルやキャンバスなどの道具を一式携えて、白川さんの家に行った。
「わあ、描いてくれるのね! 嬉しい。これからの毎日に張りができたわ」
「下手やから、がっかりするかもしれへんよ」
「これでどうかしら?」
やがて白川さんは涼しげな、白といっていいほど薄い青緑系のノースリーブのドレスに、淡い藤色の透けたストールをまとって洋間の籐椅子に腰かけた。薄布の重なり具合によって色に濃淡ができ、藤の花のようだ。
ぼくは大学で全裸の若い女性モデルの絵をなんども描いてきたが、目を逸らすこともなかったし欲情することもなかった。それなのに、薄布に透ける白川さんの柔らかそうな白い二の腕が眩しくて、まともに見られない。
「ステキです。服の色は……夏虫(なつむし)色か薄萌黄(うすもえぎ)?」
ぼくは日本の伝統色の名前を少しずつ覚えてきている。
「蓼藍(たであい)の生葉で染めたらこの色になったの。いい色でしょ。色は微妙だからこの名前ってはっきりいえないわ。絵は岳人くんが感じたままを描いてね。楽しみだわ」
「そういわれるとプレッシャーやなあ」
部屋には五月の光が溢れていた。カーテンを引き、持ってきたライトを左上の鴨居に取り付ける。
「あら、暗くするの?」
「自然光やとダメなんや、光線が刻々変化するから」
イーゼルにF十五号のキャンバスを立て、息を整えてデッサンを始める。
「自分からお願いしといてなんだけど、じっとしてるの結構シンドイわねえ」
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