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____「良いお天気ねえ」
澄みきった空気、青々と茂った木々の隙間から降り注ぐ陽光が気持ち良い。
道すがら声をかけてきた老婦人に、柊さんが真顔で答えた。
「ええ。ですが午後からの降水確率は80パーセントでした。油断してはなりません」
「あら本当!?ありがとう。少し早めにホテルへ戻るわ」
「もし外れた時には心の中で俺のこと殴っていいんで」
「うふふ、手加減しないわよ」
秒で老婦人と打ち解けている柊さん。
今日も絶好調だ。
「七子さん。ここ、本当に熊多いですね」
本当に、来てくれた。
突然の誘いにも関わらず、彼は二つ返事で同行を了承してくれたのだった。
「そうですね。ごめんなさい、可愛いものとかは……」
「好きか嫌いかって聞かれたら、好きです。白目のない瞳を見ていると癒される」
よくわからない理由でテディベアの博物館を楽しんでくれる柊さんは、やっぱり優しかった。
「ねえ、見て!クマちゃんがケーキ食べてる」
柊さんを囲むようにして、大勢の子供達が目を輝かせレストランの模型とテディベアを眺めている。
その様子に癒され、ふっと顔が綻んだ。
ああ、なんて旅だ。
奇跡のような旅。
柊さんと居ると何をしても楽しくて、一緒に見る風景は二倍も三倍も美しく見えるし、行きの特急電車も瞬く間に着いてしまった。
あまりにも倍速で過ぎていくから、この一瞬だけ止めて、と何度か神様にお願いしてしまったくらい。
「熊は基本雑食だからね。でもさ、七割は植物性のものを食べるらしいよ。肉好きそうなのに意外だよね。本当は人肉とかもそこまで好きじゃないんだって。普通に考えて人間なんて美味くなさそうだもんね。なんか酸っぱそう。身体にも悪そうだし」
「あの、柊さん」
キョトンとしながらも柊さんの話に熱中している子供達が面白くて仕方なかった。
「お兄ちゃん、人間って酸っぱいの?」
「いや、俺の勝手な想像です。個人差があると思います」
「レモン何個分?」
「んーと、人それぞれだと思うけど、……多い人で四、五個分くらいな気がする」
適当すぎる会話に、我慢できずに噴き出した。
「お姉ちゃんも酸っぱいの?」
突然側に居た女の子につんつんとつつかれ、面食らう。
「うん。……酸っぱいかな?いや、辛い?苦いかも」
そう苦笑すると、柊さんは真顔で言った。
「いや、七子さんはきっと甘いよ。ダブルホイップくらいに」
あまりにも真剣に力説してくれて、何故だかトクンと胸が高鳴った。
まるで愛の告白みたいな響きに聞こえて。
本来だったら今日隣を歩いていたはずの元カレの顔がどんどん霞んでいくのが、自分でも不思議だった。
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