156  コーラとポテチ

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156  コーラとポテチ

「あっははははは」 エミリーナが笑いだしてしまった。デルフィは馬鹿にされたと思ったらしい。ムッとして真っ赤な表情になった。 「その何千といた暗部の中に、このウインデルのものがいたか?」 「い、いやそれは…」 「わたしらは、おまえの王が今日どこへ行ったとか、王妃、つまりお前の母親が今日どこで何をしたとか、すでに知っている」 「うそだ!」 「おまえが乗ってきたガレイ船も数日前から監視されていた。ルムンフントのアテア港から飛び立つところからな。何人乗せて、何を積んでいたか、まで」 「そんなばかな!どんな魔導感知力でもそんな遠距離、しかも広範囲でそんな精度は…。いったいどんな魔法なんだ!」 「さあな、王の御業だ」 黙って聞いていた白魔導騎士は、エミリーナに何か小声で言うと部屋から出て行ってしまった。ああ、殺されるんだと、デルフィはそのとき思った。まあしょうがない。運が、悪かったんだ。でも、心残りはある。舞美と名乗る少女。彼女はぼくが見たここの世界の誰でもない。もぐりこんだ舞踏会で初めて見て、あれ?っと思った。顔立ちとか振舞いとか。偶然出会った少女は、ぼくのいた世界の人たちにそっくりだったんだ。 「出ろ。王が呼んでいる」 ああ、ついに来てしまった。宣告だ。こうなりゃいっそ秘密を…。いやいや、そんなの誰も信じてはくれない。ぼくは狂人として死にたくない。立派な、ガルアシアの王子として死ぬんだ。 王宮の、さらに奥の方に連れて行かれた。最初は騎士たちがぼくを連行していたが、途中、階段のところからメイドがぼくを案内してくれた。 「あの、きみは…」 「王がお待ちです」 美しいメイドはただそう言っただけだった。長い廊下を歩かされた。途中いくつも結界を抜けた。ようやくメイドが足を止めると、そこには小さなドアがあった。それはけっこう厚みがあって、それを美しいメイドがそうっと開けてくれた。ぼくはなんだか夢の中にいるような気分になっていた。部屋の中から、何か聞きなれた音がしていた。 部屋の中には何人かいて、数人が中央で立てかけたボードのようなものに向かい、何人かと何かをしていた。部屋全体はふかふかのカーペット?みたいなのが敷かれ、大きなテーブルがあった。でかいソファと、クッション。あれえ?テーブルにコーラ?ポテチ?二匹の小さな犬のそばにあの舞美という少女がぬいぐるみを抱えながら寝そべってファッション誌のようなものを見ていた?はあ? 「おう、待ってたぜ。だがちょっと待ってろ。ここんとこのラスボスが強くてな、あーもうちょっとなんだけどなあ!」 「マスター、回復を考えずMPを魔法に振り分けてるからじゃないですか!」 「うっせい!ゲオ、あのな、こういうのは攻撃あるのみだ!回復なんてまどろっこしいことしてらんねえんだよっ!」 「バカですか!こっちだってギリギリだっていうのに、あんたの無茶でパーティーどれだけ犠牲になってるんですか」 「ゲオさま、わたしたちはべつに」 「お黙り、シリウス。こいつはゲームであってゲームじゃないんですから!」 「よく言ったゲオ!さあ、ついてこい!とりあえず回復たのむ」 「はい!マスター」 こいつら何やってんの?それ、テレビゲームじゃん?なんでこの世界に?てか、この部屋、もろ俺らがいた世界の部屋じゃん! 「ひゃー、やっとここまで来れたぜ。ちっきしょう、ひとりじゃやっぱ無理だわ」 「マスターの戦略シミュレーションのこのシステムはほとほと感動いたします。パーティは個々のレベルが重要で、能力に応じた働きを求められるとあらためて思い知らされます」 「おまえらダラダラついてきただけだもんな。クソの役にも立たねえぜ。やっぱもっと強いプレーヤーがいるな、RPGってえのは」 ぜったいこいつゲームじゃ他人を犠牲にしてレベル上げしていくタイプだとデルフィは思った。そいつが面と向かってぼくに笑いかけた。 「あらためて、俺はキリス。ここの国王だ。ついでに、もとの名は幸田良樹。よろしく。もとの職業は公務員、つーか陸自隊員三尉だ」 「はあ?」 彼は国王といった。なんで国王が?しかもいまコウダヨシキと名乗ったか?陸自隊員てなんだ? 「三尉じゃなくて一尉になったんだって。お父さんが妙に感動してたよ」 「はあ、そこで感動か。てか、おまえ学院の寮はいいのかよ」 「門限まで時間まだあるからいいでしょ。シャロネットたちは買い物行ってるし」 「お気楽なやつらだぜ」 「バーカ」 日本語だった。それはなつかしい紛れもない日本語で、デルフィは自然と涙が流れて来ていた。もう胸に熱いものがいっぱいこみ上げてきて、自分ではどうすることもできなかった。 「あ、あのっ!」 「うわっ、なにこいつ、なんで泣いてんの?」 「バカね、お兄ちゃん決まってんでしょ。ウンコよ。ウンコがしたいのよ」 「そ、そうか。きっとずっと出てなかったんだろうな。いいよ、遠慮すんなよ。ほれ、トイレはそこだ。驚くなよ、水洗だからな。それに温水だって出るぜ」 こいつらバカだ、とデルフィはそう思った。 「そうじゃなくて、なんで」 「冗談だ。日本人なんだろ、おまえ。名前の舞美を、美しく舞う姿、なーんて言うのは日本人だけだぜ」 「あ、ああ、そうですよね…いやそうじゃなくってなんであなたが日本語を?どころかこの部屋ってもろ日本の住宅の仕様ですよね?」 「ああ、俺は転生者でな、これは俺の趣味部屋。まあここじゃ十七歳ってことだが、転生前はもちょっと年上だ」 「おっさんでしょ」 「舞美、うっさい」 ああ、ぼくは帰ってきたのか?理不尽にこんな世界に来て、何度も死ぬ思いをしたのに。いっつも怖い思いをして、誰にも助けてって言えなくて。でもぼくはもとの世界に戻ってこられたのか? 「デルフィ。気をしっかり持てよ。おまえはもうこの世界にいるしかないんだ。この世界にどっぷりはまり込んじまったんだ。おまえに帰る場所は、おそらくこの世界しかねえんだ」 「だ、だけど…」 「まあ、仕方ねえとあきらめるしか、それ以上は言えねえ」 それが残酷な事実としても、幸田と名乗るこの王の言葉は、ひどく温かなものだった。
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