148  学生総括騎士団

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148  学生総括騎士団

それは金色で緑色で真っ黒な色だった それは人の形をしていた だが誰もそれを人と認識できなかった 獣からさきにそれに名前をつけた やがてそれが恐怖だと人々に知れるころ ようやく彼らはそれの名を知った 「なにそのなぞなぞみたいな呪文」 「呪文じゃないわ。ガルアシアに伝わる悪魔教の魔書の一節」 カチャカチャと軽鎧と剣がこすれあう音がした。あたしとシャロネットを護衛する学生総括騎士団の人たちが周りを囲んでくれている。 「悪魔教『デルモデア・グレドノス』ですね」 「あら、ご存じなの?」 ビーツロッド・ユンゲルの言葉にシャロネットは意外ね、という顔をした。 「われわれは目指すところ聖騎士です。聖騎士は悪魔を敵とし、民を救う存在です。敵としての悪魔に関して、知らなければならないことは多いのです」 「聖騎士は勇者の守護者と聞いているけど?」 「勇者不在の今、守るべきは民だと信じております」 「あなたを家来に欲しいわ」 「申し訳ありません。聖騎士は勇者のみがあるじなのです」 「そう、残念ね。あなたになら国のひとつでも、いや三国までなら差し上げてよ?」 なんちゅう会話だ。大国の王女ってスカウトするにもケタが違うのかなあ。いや、もの扱いされる国の国民ほど迷惑なものはないわね。 彼らは確固たる信念を持っていた。何の迷いもなく勇者に殉じようとしていた。ところで勇者ってなんだ?この世界に来て初めて聞いた気がする。もとの世界のゲームの中ではおなじみの勇者。万能で最強の力を持った戦士。しかもそれは成長していくのだ。そんなやつがこの世界にいるんだろうか…。 「舞美、お昼どうする?寮に戻るか、学院のクソまずい学生サロンのランチか」 「寮に戻ってゆっくりお昼にするには時間の余裕もないし、サロンのガピガピの黒パンを食べるのも嫌ね。しょうがない、あれを食べるか」 「あれって何よ?」 「いいから。ふふふ、ちょうど食べたいと思っていたところだし」 あたしたちは学生専用のロッカーを持っている。着替えや講義に使う道具などをしまっておくのだ。 「うっへっへえ、これこれ」 「な、なによ、それ」 ロッカーから大きな木箱を取り出し蓋を開けると、中に白い容器がたくさん入っているのが見えた。 「はい、あんたたちも一緒に食べよう」 シャロネットと総括騎士たちにも一個づつ渡した。 「なんなの、これ」 「いいから。サロンでお湯をもらいましょう」 みんな不思議そうな顔をしている。そりゃそうだ。初めて見るだろう。みな、恐る恐る蓋のシールをはがす。 「なんかカサカサしたものが入っているけど…」 「お湯をこの線まで入れてね」 「はあ」 学生サロンでランチをとっていた学生たちは、突如現れた舞美たちと学生総括騎士たちの姿に驚いていた。みな何かをもって並んで湯をもらっている。 「はーい、じゃまた蓋をしてね。ちょっと待つ、これが大事」 「意味わかんないわ。ただのお湯じゃない」 「ふっふっふ」 そうしているうちになにやらいい香りがしてくる。この容器の中からだ。騎士団がテーブルに置かれたそれを腕を組みながら見ている。 「シャロネット!まだよ。まだ蓋を開けない!」 「だってなんかおかしいから…」 「蓋の中央に丸い印があるでしょ?そこが赤くなったら開けていいわ」 もとの世界にはなかったが、ここには時計がないからそういうものが必要なのだ。 「あ、赤くなったわ」 「じゃあ開けましょう。みんな、フォークは持った?開けたらよくかき混ぜるのよ」 まず、おお、という歓声が上がった。容器の中にはスープで満たされた細いなにかと野菜がぎっしりと入っていたのだ。 「こ、これは何?魔法?」 「へっへっへー、これはカップ麺というの。お湯さえあればどこでも簡単に食べられるわ」 シャロネットが恐る恐るスープをすすると、その美しい大きな目をさらに見開かせた。 「ギャー、なにこれおいしいっ!」 「でしょでしょ。兄が極秘で開発してて、来月からべガン商会で売り出されるわ。まだこのコンソメ風のスープヌードル一種類しかないけど、いましょうゆをベースにしたラーメンと、カレーうどんを開発中よ」 「なに言ってるのかわかんないけどすっごくおいしいってことはわかるわ」 騎士たちもすっごい勢いで食べている。量はもとの世界のものより多いけど、ちょっとあの人たちには足りないな。 「ひ、姫さま、これほどのものは食したことがありません。しかもわずかな時間でこの味とは。この製法の秘密だけで一国が買えます」 味は満足してくれたみたいね。この分なら爆発的に売れるわ。兄の弟子のフィリアの実家、べガン商会はすでに巨大な商社に成長している。それこそカップ麺から武器まで扱う。その収益は兄のもとに、そして兄はまた何かを作り出す。兄はこの世界で何をなさんとしているのだろう? もの欲しそうにほかの学院生が見ている。騎士団がいるからうかつに近づけないのだ。 「午後の講義が終わりましたらまた参ります。明朝に学生総括会から発表があるまで、われわれがおそばでお守りいたします」 「まあ悪いなあ。こんなあたしのために」 恐縮するあたしにビーツロッド以下、騎士たちは驚いたようだ。 「王族らしからぬご発言ですね」 「あら、そんなこと言っちゃまずかったかな?」 「い、いいえ。われらますます姫のことをお慕いいたしました。どんなことでも言ってください。われら命に代えましても姫のためにお仕えさせていただきます」 「照れるわね」 まあお世辞でもうれしいか。 「変ね。それじゃまるで家来みたいじゃない。あんたたちは聖騎士志願なんでしょ?勇者があるじじゃなくって?」 シャロネットの言うとおりだった。 「はあ、おかしいですね。なんでだろう、なぜかそうしないとならない気がしたのです。このおかしな食べ物のせいでしょうか?」 「それはないと思うけど。じゃあ、ちょっと午後、講義が終わったらつきあってくれる?」 「お任せください。どちらまで?いえ、たとえそれが地の果てでも」 「そんな遠いとこじゃないわ。ちょっと学院のまわりをね」 「はあ、見学ですか?」 「ま、そんなとこ」 「お任せください。われら隅々までこの学院の中を知り尽くしております」 そいつは好都合だわ。さっきカップ麺を食べているとき思いついたことがある。そいつを実行すれば、あたしはあたしの聖リレントの復活祭が送れるっていう寸法だ。
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