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151 前夜祭
翌日は朝から小雨がぱらつく天気だった。あたしの怨念がきっと反映したんだと思った。まあいいわ。だったら今日は盛大に盛り上げて、いや盛り下げてやろうと心に誓った。
「とうとう降りだしちゃったね、舞美。出場者は大変だね、こんな天気の中で。なんか雷も鳴ってるけど、大丈夫かしら?」
シャロネットが心配そうにそう言っている。最近気がついたけど、シャロネットが他人の心配をしている。なんたって大国の王女さまが、ねえ…。
「ふふふ、いいじゃない。好都合だわ」
「はい?なに言ってるのかなー、舞美姫は。ねえちょっと、観覧席はそっちじゃないわよ?」
「いいのよ、こっちで。シャロネットは観覧席に行ってて」
「そっちは出場者の…あ、ちょっと待って!あんたまさか?」
「ふん、そのまさかよ!」
「あんた、頭どうかしてんの?あんたなに考えてんのよ!あんたのエスコート権をみんな争って…」
「それをあたしが獲ってやんのよ!文句ある?」
「あー、やっぱり…」
舞美は舞美だった、とシャロネットは思った。そうだよな。こんな理不尽なこと、舞美が黙ってやらせるわけはない。ちょっと考えればわかることだった。まあもう止めても無駄だわと、シャロネットは全力であきらめた。
出場者が大勢ひしめいている。じっさいこりゃあ大変な人数だ。どこからこんなに来たの?これって人気者の枠をはるかに超えている。もうアイドル歌手のコンサートじゃないんだからね!っていうか、あたしに近づくチャンスと思ってみんなここにいるんだ。でもそういうのってなんか違うと思う。いいわ、見てなさい!
あたしは知らん顔して大会運営のテントに行った。役員たちは入って来たあたしを見て一瞬顔がこわばった。なにしに来たって感じで超ウケる。でもまだまだ、こんなもんじゃないわよ、驚くのはね。
「舞美さん、何しに来たの?運営はあたしたち執行委員でやるからあなたは心配しないで観戦していて」
ステファニーさんがなかば青い顔になりながらそう言った。彼女なりにこの異常事態を感じ取ったんだろう。
「いいえ、あたしも出るから」
「出るって、なにに?」
「このレースに決まってるでしょ」
「バ、バカな!そんなこと許可できるわけないでしょ!」
「許可なんていらないわ。王族権限で出場するんだから」
「そんな無茶な!」
ステファニーさんはじめ大会役員が焦り出した。超面白いんですけど。
「ステファニー、それがちょっとまずいことに」
「どうしたの、リスティアルス」
「王族権は無視できないんだ」
「なんですって?」
「ここは国立じゃない。王立なんだよ?最高裁量権は王族にあるんだ」
「なんてこと…」
「じゃ、決まりね」
「ちょ、ちょっと!」
あっははははは、きっもちいい!三万八千?上等よ。みんなあたしが負かしてやるわ!なんせ仕掛けは充分なんだから。あの日、総括騎士団に手伝ってもらって、コース中にトラップを大量に仕掛けたんだ。落とし穴や捕獲罠だけじゃないわ。魔方陣によるさまざまな罠にさあて、何人残れるかしら?うっひっひ。
「舞美ちゃん、楽しそうね」
真っ白な仮面の女騎士が立っていた。いやいやいや、なんでここに?いや、学院の制服じゃなく、なんでそんな騎士の格好してる?
「ま、マミさん!なんでここに?」
「ああら、こんな楽しそうな催しに、あたしが来ないわけがないでしょ?」
「はあ?」
「あたしも参加するのよ。賞品を手に入れるためにね」
なんですとーっ!ヤバい!超ヤバい!想定外だ。いくらなんでもまずい。マミさんを罠だらけのレースになんか出場させたら、あとあと面倒なことになる。まして怪我でもされたらどうする?い、いやこれはある意味チャンスかも。マミさんならたいていの罠には引っかからないだろうし、マミさんが選手を減らしてくれるだろう。まあそれでも強力なあたしのトラップだ。あたししか知らないから、おそらくマミさんを足止めできるはず。いや、勝利は見えた。
「そ、それじゃ頑張ってください」
「楽しみねえ。どんなレースになるやら」
意味深なこと言われた気がする。万が一があるかも。いや大丈夫だ。なんせ総括騎士団を抱き込んであるんだ。やつらが最終的にマミさんを足止めしてくれるだろう。まあ、マミさんの足元にも及ばないだろうが、罠との併用で何とか時間稼ぎにはなるだろう。騎士団のみんな、ごめんね!
「ずいぶんにぎやかですね、学院長閣下」
「エミリーナ先生。どうにもわけがわからないんですよ。まったく王といいあの娘といい、いったい何がしたいのやら…」
観覧席には国内外の名の知れた人たちがいた。そのなかでも特別席と呼ばれるところに学院長とエミリーナがいた。
「そういう兄妹なんですよ、あいつらは」
「しかしよりによってマミさままで参加なされるとは。いったいどういうことなんでしょう」
「マミさまがキリスさま以外のことに目を向けるのは非常に珍しいことのようです。単なる気まぐれか、それともほかに何かあるのか」
「ああ、みなの無事を祈るだけです」
「ご心配いりません、学院長。魔導看護科の生徒を総動員させています。少しくらい手足が吹き飛んでも大丈夫です」
「言っていることがわからんのだが…」
「スタートみたいです。いよいよですね」
「ああ神よ」
スタートの合図は魔導師のあげる花火だ。雨空に低く垂れこめる雲に届くように魔導の光が昇り、弾けた。
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