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3 地縛霊生活
ああもう何年たっちまったのかな…ずいぶん長いあいだこうしているな…。
長いと言っても感覚がないから時間がわからないし、まわりは土砂で真っ暗だから昼夜もカウントできねえ。だいいちなんで俺が地縛霊になったのかさえ理解できねえんだ。死んだら成仏ってえのをするんじゃないのか?まったく、脳みそなんかとっくに腐って土になっちまったというのに、思考だけはちゃんとしてやがる。いったいどうなってやがるんだ。暇でしょうがない。
少しでも表が見れるんだったら慰めにもなるんだが、こう暗くっちゃどうしようもない。いつだったか大勢の声がしたっけ。そのとき脇坂の声もしなかったか?なんか悲痛な声だったが、耳も俺はないくせによく聞こえたもんだ。きっと魂てえのがそいつを聞いたんだろうな。
そんなことをつらつら考えているうちに俺はもう考えること自体飽きてきて、やがて虚ろに時を過ごすようになっていた。ああ、地獄ってこういうことを言うんだろうな…。けど、俺は地獄に落ちるような悪いことでもやらかしたっけ?ああ、高校の時な。喧嘩ばっかりに明け暮れて、ろくにうちにも帰らねえ不良だったな。年の離れた妹がいっつも心配してくれたっけ。
業を煮やした親父に、高校卒業と同時に防衛大に叩き込まれて、でもどうにかやっていけた。いや、むしろ俺は生き生きとした。軍隊っていうのが性に合ったんだ。親父の子だな、俺も。親父も自衛官だった。
「ほら、パパ、ここよ」
「おお、本当だ。いたいた。よく見つけたな、イシュタル」
「ムシュフシュが見つけたのよ、パパ」
「おお、よくやったムシュフシュ」
「ワン」
俺は変な光に包まれていた。光を見るのは久しぶりだが、こんな変な光は初めてだった。
「おはよう、きみ。えーと、名前はなんだったっけ?」
「コウダヨシキよパパ。忘れちゃったの?自分で呼び出しておいて」
「ああ、そうだったな。いや、候補の選別が膨大だったじゃん、もうそんなの忘れちゃうよ」
「しっかりしてよね。最高神なんだから」
「ごめーん」
最高神?なんだそれ神のことか?なんで神がいる?ああ、まあ俺は死んでるんだから、そういうこともあるのかも知れねえな。
急に辺りの様子がわかった。神殿のようなところだ。いや、日本のとはちがう、そうだ、古代ギリシャとかそんな感じだった。つるっつるに磨かれた大理石の床に俺は寝かされていた。正確に言うと俺の身体が寝かされていたのじゃなく、俺の意識が寝かされたと言った方がはやい。俺の身体はすでにないのだ。
「おーい、聞こえるかね?」
「ああ、何だかよくわからねえが、聞こえるみたいだ」
「よろしい。ではお前に話をしよう」
「あの、その前に三つだけ聞きたいことがあんだけどよ」
「いいだろう。おまえもよくわからないことばかりだろう。答えてやる」
よく見ると真っ白なローブを着た白髪で真っ白な髭を生やした男が立っている。背に金色の光をまとっていた。
「じゃあまず、今は何年何月だ?」
「お前の認識できる年号はない。それとも宇宙の年齢を聞きたいか」
「ああ、そう。じゃあ、俺の仲間は?俺の部隊はどうなった?」
「お前が土砂に呑まれたとき、お前を助けようとしておかしな乗り物ごと小川に向かったが、お前と同様土石流に呑まれた」
「マジかよ」
「安心しろ。中にいた人間たちはみな脱出した。死んではおらん」
「脅かしっこなしにしてくれ。そうか…みんな生きてるのか」
「最後は何だ?」
「俺が助け出そうとした犬はどうしたかな。一緒に土石流に飲み込まれたと思ったが」
「ああ、あとで紹介しようと思っていたが、ほらそこにいるだろ?」
男の横にちょこんと座っている犬のような形をした生き物がいた。全身を銀色の鱗で覆われたそれは、なぜか尾っぽを振っていた。
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