825  援軍

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825  援軍

エミリーナの伝言には付随するものがあった。それはローディンたちに援軍を送る、というものだった。 「これがキリスの手紙よ。よく読んで、覚悟しなさい」 エミリーナがそう言ってローディンに封印された書簡筒を渡した。金属製のそれは、なぜかキラキラと光っていた。 「援軍とはありがたいです!」 そう言ってローディンは書簡筒を受け取るとすぐに開封した。うやうやしくそれを取り出しすぐに読み始めると、すぐに不可思議そうな顔になった。 「あのですね、ここに書かれてるのは冗談ですか?」 「冗談なんかじゃないわ」 「ですが…ごめんね、としか書いてないですよ?」 「だったらそうじゃないの?」 「意味わかりません。いやそうじゃなく、援軍はこれだけ送った、それはいつごろ着く、とかそういう話でしょう?なんですか、って」 「そう書いてあるならそうなんじゃない?とにかく援軍は来るわ。そしてそれはすぐにね」 「ますますわかんないけど…」 「わかんないほうがいいときもあるわねえ…」 エミリーナは意味深なことを言って、そして茶をすすった。それからすぐに大きな地鳴りと爆発音が響き渡った。 「な、なんだ!?」 みながあわてふためき司令部の建物から出ると、はるか向こうに大きな爆炎が見えた。それはどんどん大きくなり、やがて空の半分を覆うほど広がった。 「な、なんだあれは!」 「ふーん、もう来ちゃったか」 エミリーナは気の毒そうな目を、ローディンに向けていた…。 ――そのころ広大な荒れ地に黒い車体の装甲戦闘指揮車(CCV)がひょっこりと姿を見せた。フィンランド製の装輪装甲車に似ていて、それを指揮通信用に改造したものだ その上部ハッチから身を半身乗り出して双眼鏡で辺りを窺う者がいた。 「将軍、危ないから車内にお戻りください。まわりの状況ならドローンでいくらでも見えますよ」 車長のクロムヘル大尉が呆れてそう言った。 「いやどうにも肉眼で見たいからね。どうもモニターってやつはまだ慣れないんだ」 「でしたらヘルメットとマスクだけはおつけください。まだそこらじゅうに破片やガスが降り注いでいますから」 「もういいよ。なかに戻る」 通信機器が並ぶ狭い車内には複数のモニターがあり、それをふたりの兵が見つめている。オペレーターだ。 「敵はどうなった?」 将軍と呼ばれた男は略式軍帽を脱いで正式軍帽を被った。見るからに旧ドイツ陸軍のもので、それは彼のこだわりらしい。 「全滅に近い状態です。うわさには聞いてましたが、まさかこれほどとは」 「マルチェローニ少佐。ほんとうはこんなもんじゃないらしいよ、彼女は」 「手を抜いてると?」 「そうだよ。本気だったらわれわれも吹き飛ぶさ。彼女はそれだけ実力がある」 「信じられませんね、まったく。まあ悪魔もたいがい信じられん存在でしたが、まさかそいつを吹き飛ばすなんて、まったく魔導というのはすさまじいですね、ロンメル将軍」 「ああ…あんな可愛い娘なのになあ」 「まったくですねえ」 この荒野はたったいま舞美が作り出したものだ。もとは巨大な要塞があった。十万の悪魔がいたとされる。それもとびきり強力な悪魔が集められた要塞だった。 「あー、なんかまたすごいことになってるな、あのおねえちゃん」 「舞美ちゃん、なんか顔が恐いな。ルシファーもそう思わねえか?月いちの女の子の日かな?」 ロキが心配そうにそう言うと、ルシファーは首を振り腕をひろげるゼスチャーをした。 「そうじゃねえよ、ロキ。舞美ちゃん、ユルゲン大陸に修学旅行ってのに行って、はしゃぎすぎてべオビオス山脈の中心にあるセレス大火山を噴火させちまっただろ?」 「ああ、玉屋―とか叫んで魔導を撃ち込んじまったやつね」 ルシファーは思い出したくもないという顔をしてまた首を振った。 「あれはこの星の地脈に繋がってるんだ。もうアヴァロンすべての大陸に大災害が起きる寸前だったらしいぜ。それをキリスさまがからくも食い止めた」 「ああ、危なかったらしいな。あと少し遅かったらさすがのキリスさまでもこの星の半分は破壊されてたってよ」 「さすがカオス姫だな。無敵っぷりが気持ちいいぜ」 「なにを呑気な。それでキリスさまはたいそう怒って舞美ちゃんからまた小遣いを取り上げちまったてわけだ」 「うわあ…」 それはきっと舞美には重すぎる厳罰だ。なにしろ買い食い大好きな舞美が小遣いなしとなると、もう絶対地獄なはずだ。だからあの顔であの威力の魔導を…ほとんど憂さ晴らしで放ったらしい。 「あれでも手加減してんだろう。でなきゃ俺たちも被害者だぜ」 「被害者っていうより犠牲者だな」 「おまえ金持ってんだろ?少しあの子にまわせよ」 「いやだよ!あとでバレてキリスさまに怒られるじゃねえか。そんなのお前がやれよ」 「俺だっていやだね。俺だって命は惜しいんだ。だからまあせいぜい機嫌とることしかできねえなあ」 「なんで来ちゃったんだろ、俺たち」 それは仕方ない。キリスに直々に頼まれたからだ。キリスはいま大変なのだ。マミとの初夜を女神イシュタルにいまだ邪魔され続けているのだ。その攻防が連日続いている。まったく神とはいえ女の嫉妬は恐ろしいとルシファーは思った。そんなわけでルムンフントの内乱に乗じたガルアシアの陰謀を阻止するべく、舞美ちゃんはキリスさまの要望で嫌々派遣されたわけで、俺たちはその警護…というか監視役でついて来た。まったくなにしでかすかわからないお嬢さんだ。しっかり見張らないと…またアヴァロンが危なくなるんだ。 「ところでおまえの娘は?」 ルシファーが首をかしげてそうロキに尋ねた。ふだんはキリスの王宮で暮らしているが、任務があるとロキにちょこんとくっついて来るはずなのだ。 「ヨルムか?それならセレンと舞美ちゃんのそばにいるぜ。まったくあいつらほんとに仲良しだ。そういやなんか地球ってとこの神も一緒にいるみたいだぜ?」 「神だと?なんでそんなもんが?」 「さあ?そう聞いただけだ」 「まったくよくわからんな、あの娘だけは」 ルシファーは大きくため息をつくと、腕を高く上げた。舞美のところに転移するのだ。 「俺たちが行くって知ってんのか?舞美ちゃん」 「まあヨルムたちがいるんだ。いきなりぶっ飛ばされねえよ。それに秘密兵器も持ってるしな」 「秘密兵器?なんだそりゃ」 「へへ、こいつは強力だぜ…たぶん」 「たぶん、なのかよ」 それはあいつの怒りの度合いによるんだと、ルシファーはすごく不安げにそう思ってしまった。こりゃ神に祈るしかねえかな…。 ルシファーは神に次ぐ力を持ったもと大天使長、なのだ…。 ――その荒野のはずれ 「ちょっと舞美ちゃん!なによいまの!あんたあたしを殺す気!?」 そのつぶらな目を白黒させてクリシュナは舞美に食ってかかっていた。 「べつに死ななかったからいいでしょ。それより今夜泊るところを探さないとなあ。野宿なんて嫌だからね」 「あのさ、その宿屋のあるような町まであんたは吹き飛ばしたんじゃないの?そんな悪魔みたいなことしていいの?」 クリシュナはついこの前まで地球で暮らしていた神だ。舞美と友だちになり、その舞美の暮らしているところが見たくってついて来たのだ。それはそれは舞美の言うとおりとても素晴らしい、冒険に満ちた世界だった。まあその冒険のほとんどが、こいつが作り出しちゃったものだとわかるまで、そんなに時間はかからなかった。 「町の人たちは悪魔以外前もってまとめて転移で避難させてたから問題なしよ。なによ悪魔みたいって」 「まるきり悪魔やろ!避難させりゃええんか?町吹き飛ばしてんやろ!悪魔だってそんなことせえへんわ!」 「やあねえ、関西弁で怒鳴んないでよ」 こりゃもうダメだとクリシュナはあきらめた。 「ちっちゃいおねえちゃん、怒らないで」 ヨルムという名の女の子がそう言ってクリシュナの手を握った。何か冷たい手だった。その冷たさは、何か恐ろしいもののように感じた。 「ヨルムちゃん、そりゃわたしは小さいけどちっちゃいおねえちゃんじゃないから。お願いだからちっちゃい言わないでね。呼ぶならシュナって呼んで」 「わかった、ちっちゃいシュナおねえちゃん」 「ケンカ売ってんなら買うぞコノヤロ」 「まあまあ」 舞美がクリシュナをなだめた。だがもとはと言えばこいつのせいだろとクリシュナは思った。 「ぷはーっ」 地中からいきなり小さな女の子があらわれた。クリシュナは超驚いた。さっきまでヨルムちゃんといた女の子だ。いつのまにいなくなって、しかもなぜ地中から出てくるのだ?クリシュナはもうわけがわからなかった。 「どこ行ってたの、セレンちゃん」 舞美がそう聞くと、その女の子はにっこりと笑い、舞美の手を握った。 「うんあのね、この地下にね、悪魔さんたちの巣窟があるのを見つけたの。地下の魔力の流れがおかしいから、セレンちゃん見に行ったんだ。セレンちゃんえらい?」 「うんうん、えらいぞー。ああ、ご褒美何か買ってあげたいんだけど、お小遣いがなーっ!あー、なんでかなーっ!」 「そ、それは無理しなくて、い、いいよ…」 「まったくあのケチ兄!おぼえてろよーっ!」 そう言って舞美は次々と魔導波やエネルギーボールを地下に撃ち込んだ。さながらそこは溶鉱炉のようにドロドロに溶けだし、何もかもがマグマに呑まれて行った…。 「こっ、これは地獄…よね…」 地球で暮らしていたクリシュナは、そりゃお金は大事だけど、ここまでひどい思い込みはしないと思った。まして相手が悪魔だって、これほどひどいとばっちりはあり得ないと思った。悪魔に同情までしてしまうクリシュナだった…。
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