時を越え

3/12
前へ
/12ページ
次へ
 ゲンタとユカとナナコの3人が、毎日老婆へ自分の名を尋ねるのには理由(わけ)がある。  夕暮れの朝焼け公園で、初めて老婆とゲンタが出逢った日。彼女は隅のベンチでひとり、泣いていた。 「おばあちゃん、どうしたの?」  ひとり侘びしく涙を落とす彼女を、心配したゲンタは聞いた。 「どこか痛いの?具合悪いの?大丈夫?」  その言葉で、俯いていた顔をゆっくり上げた老婆。加齢によって視力も乏しい上、涙で滲んだ彼女の視界では、ゲンタの顔ははっきりと認識できなかったかもしれない。  老婆の隣に腰を下ろしたゲンタは、彼女の丸まった背を撫でた。 「ぼく、ゲンタだよ。おばあちゃんのお名前は?」  背びれのように浮き出た背骨に戸惑いつつも、老人とはこういうものだと自分に言い聞かせ、ゲンタは子猫を愛でるように優しく老婆をさすり続けた。  そんなゲンタをぼうっと眺め、暫くしてからようやく口を(ひら)いた老婆。 「私の名前ねえ、なんだったかしらねえ……」 「え、わからないの?」 「もう長いこと、誰にも呼ばれてないからねえ」  ゲンタは再び戸惑った。  記憶障害──  そんな言葉も頭に過ぎったが、これまた老人とはこういうものだと、自分に必死に言って聞かせた。 「おばあちゃん、ひとり暮らしなの?」 「そうよお」 「家族はどこにいるの?」 「家族はどこに行ったかねえ」  老婆はそう言うと、もうすぐ夜へ成り行く空を見上げる。ゲンタも同じところを見上げれば、そこでは1羽のカラスが浮遊していた。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

19人が本棚に入れています
本棚に追加