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ゲンタとユカとナナコの3人が、毎日老婆へ自分の名を尋ねるのには理由がある。
夕暮れの朝焼け公園で、初めて老婆とゲンタが出逢った日。彼女は隅のベンチでひとり、泣いていた。
「おばあちゃん、どうしたの?」
ひとり侘びしく涙を落とす彼女を、心配したゲンタは聞いた。
「どこか痛いの?具合悪いの?大丈夫?」
その言葉で、俯いていた顔をゆっくり上げた老婆。加齢によって視力も乏しい上、涙で滲んだ彼女の視界では、ゲンタの顔ははっきりと認識できなかったかもしれない。
老婆の隣に腰を下ろしたゲンタは、彼女の丸まった背を撫でた。
「ぼく、ゲンタだよ。おばあちゃんのお名前は?」
背びれのように浮き出た背骨に戸惑いつつも、老人とはこういうものだと自分に言い聞かせ、ゲンタは子猫を愛でるように優しく老婆をさすり続けた。
そんなゲンタをぼうっと眺め、暫くしてからようやく口を開いた老婆。
「私の名前ねえ、なんだったかしらねえ……」
「え、わからないの?」
「もう長いこと、誰にも呼ばれてないからねえ」
ゲンタは再び戸惑った。
記憶障害──
そんな言葉も頭に過ぎったが、これまた老人とはこういうものだと、自分に必死に言って聞かせた。
「おばあちゃん、ひとり暮らしなの?」
「そうよお」
「家族はどこにいるの?」
「家族はどこに行ったかねえ」
老婆はそう言うと、もうすぐ夜へ成り行く空を見上げる。ゲンタも同じところを見上げれば、そこでは1羽のカラスが浮遊していた。
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