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覚悟を決めよ
父が政治家だと聞いて数日間の間、令亜は自分の両親や、祖父母、曾祖父母の事を考えていた。
そしてどれだけ考えても、思い出そうとしても筒井家の家系図など見た事も無い上に先祖が政治家などという話も誰からも聞いた事は無い。
両親は平凡な会社員、歳が7つ離れた兄の朔弥が医師というだけだ。それ以外何も無い。祖父母も年金でのんびり生活でたまにバイトをしながら暮らしている人達だ。だから祖父母も、曽祖父母も普通の人でこんな屋敷に住んでいた事などなく…きっとこの後起こる様々な歴史の上でどんどん財を失い、一般家庭になって行ったのだろうと朧気に思った。
「父が政治家だろうが何だろうが私には関係ない。私は私よ。iらしくよ。」
久と修吾と令亜はまた3人で集まり、筒井家屋敷の湖の側でおやつを食べながら話していた。
『iらしく?何だそれ?』
男二人は鳩が豆鉄砲を食らったかのように目を丸くして令亜を見る。
「英語で、私の事をiと言うの。未来の私が生きている時代はiらしく!という言葉は普通に皆んな言ってるわ。」
「英語って…欧米とか言う所の言葉か?」
「そうよ。他にももっとたくさんの国が存在しているの。だから色々な国の言葉が溢れているわ。」
令亜がドヤ気味に言うと2人は頬杖をつき、未来は想像もつかない世界だろうな…とこぼした。
そして令亜が明治時代へやって来て初めての正月を迎えた。気がつけは2ヶ月も経っており、両親との意見の食い違いやしきたりにイライラしながら過ごしていたが、久と修吾のおかげで何とか明治での暮らしが出来ていた。
「年末からさ…台所で…煮物だのおせちだの…しまいにゃ餅つき…やった事ないから本当に焦ったわよ!」
新年早々、また3人で集まり令亜は2人に愚痴を溢していた。
「そんなに嫌なら逃げてくりゃ良かったじゃんか。」
修吾は令亜に分けてもらった大福を頬張りながら笑って話す。
「逃げられる空気だと思う?」
『だよなー。』
この頃、久も修吾も令亜の現代言葉が伝染し、3人で居る時は現代言葉で話す事が多くなった。
「はぁ…いつになったら現代に…てか、私の体…無いか!?マジで死んでたら!戻る事も出来ないかもしれないの?!あー…萎えるわ…。」
「そりゃ萎えるな…でもさ、令亜は生きているかもしれないんだろ?」
修吾は令亜の頭をぺしぺし軽く叩き?ながら聞き、令亜は溜息を吐いた。
「うーん…正直あの状態で…とても生きているとは…思えないのよね。高い所から落下して…途中何かにぶつかっていたら骨はボッキボキに折れてるだろうし。」
久は口を抑える。
「それに、地面に叩きつけられたのは覚えてるから…まぁ…のーみそ出てるでしょうね。カチ割れて。あー…やっぱ無理かこの世で生き抜かなきゃダメか…。」
令亜の話に修吾も気持ち悪いと言い出し、久は想像してしまい木の根の所へ戻していた。
「アンタたち大丈夫?」
医学生の令亜はポーカーフェイスでグロッキーになっている2人を心配して聞くが、『いや、寧ろお前がしれっとそんな話できる事に引くわ。』と久と修吾は青ざめて「お前おかしい。」と令亜に言い放った。
「でもさ、令亜。お前そろそろこの近代文化が進んで行く日本で生き抜いていくことに対して覚悟を決めろよ。」
修吾は令亜の頭に自分の掌をぽんと乗せ撫でながら言い諭すがその雰囲気を見て久は修吾にいたずら心が湧き、2人を見て思った事を聞いた。
「なぁ修吾。」
「は?」
「お前…令亜の事好きだろ?」
「はぁ!?なっ何言ってんだよ!?令亜、違うから!な?安心しろ。」
久の揶揄いに修吾は慌てて否定したが、顔は真っ赤になり否定しても説得力の無い状態になっていた。
「…久、修吾困ってるじゃない。さて、そろそろ屋敷に戻るか。」
令亜は照れを隠す様に伸びをして大きく息を吐いた。
「令亜、お前も顔赤いよ?」
久はにやぁっとして令亜を見る。
「なっ!何言ってんのよ!?」
「令亜、お前も修吾の事好きだろ?」
久は2人とも素直になっちまえと揶揄って笑う。
「あっ!あのさぁ、一応現代に彼氏残してきてるのよ!?」
「…令亜、落ち着け。」
修吾が止めに入ったが、その顔は少し切なそう笑っていた。
「さぁ…そろそろ戻るか…お母さまが怒り出すと面倒だから。」
「何かあんの?」
「ん?お母さまが3時からお花のお稽古だから戻ってらっしゃいですって。…何で花なんか活けなきゃなんないのよ。」
「この時代のお嬢様の嗜みだからな。現代じゃやらねーの?」
「現代ではやりたいもの好きだけよ。現代はダンスとか、サッカーとか…水泳?とか習字とかピアノが人気かな?あと、チアかな?」
「…習字とピアノは今の時代にもあるからわかったけど…まぁいいや。頑張れよ。」
「あ!」
「どうしたの?令亜?」
「久!そういえば今気づいたけど…修吾って何者?」
令亜は苗字も知らないし何処の人かも知らないじゃない!と言い出した。
「…俺は伊野尾修吾。18歳。久と同い年。弓の稽古場で知り合った。家は親父が医師。母親は専業主婦。兄と弟が居る。」
「医師…修吾も医師になるの?」
「まぁそのつもりかな?勉強しなくちゃいけないんだけど、お前らと居るのが楽しくてついつい…。」
「ねぇ、医師になるなら真剣にやりなさいよ。私は時代のせいでなりたくてもなれないのに。」
令亜は真剣な顔をして修吾に頑張って欲しいと伝えると、修吾はふっと柔らかく笑った。
「そうだな。令亜の為に頑張るか。」
「は?!え!?何?!」
令亜は真っ赤になりどういう意味なんだと頭の中がぐるぐるし始める。
「じゃ、また明日!」
修吾は笑顔でそう言って帰って行った。
「令亜、修吾マジだな。…政治家のお嬢様を嫁にもらおうと思ってるかもな。無理なのに。」
久がポロっとこぼした。
「え?何で無理なの?」
「レイお嬢様は実は財閥系の仕事をしている家のお坊ちゃまと幼い頃から結婚の約束をしているんだ。」
久は親から聞いてない?と令亜に質問したが、「そんなの…知らない…。」と答えるのに精一杯だった。
「だから、俺も親父やお袋にレイお嬢様を惑わせるようなことをするなって…特に修吾を出来るだけ親しくさせるなって言われていたんだけど…遅かったな。」
久は困ったなと眉を片方上げて笑う。令亜はそれを見ながら(久遠もこんな風に笑ってったっけ…)と思い出した。
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