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屋敷へ戻ると母親に早く着物に着替えろと急かされ、髪を結い直されまるで着せ替え人形の様だな…と令亜は支度の様子を見ながら思っていた。
「お母さま。」
「どうしたの?レイさん。」
「私って…婚約者が居るんですか?」
令亜は久に教えて貰った事を思い出しながら確認のために母の顔を真っ直ぐに見つめて真剣に聞いた。
「そうね、幼い頃に約束をした財閥のお家の息子さんとね。あなたが18歳になったらそこのお家へお嫁に行くのよ。」
「え?!本気?!」
「ねぇ、レイ?あなた去年の秋頃から反抗的になって変な事ばかり言う様になったけど一体どうしたの?あの…お医者様の伊野尾先生の次男さんの影響なの?」
母は悪い事の全てはレイの周りの人間がレイに悪い影響を与えたとでも言いたげにレイの令亜に言った。
「それは違うわよ!修吾のせいじゃない。もちろん!久のせいでもない!私が自分の足できちんと立って、自立して、自分らしく生きたくなっただけよ!誰のせいでもないわ!」
令亜が声を荒げると母は泣き出して部屋を出て行った。
時間になりお稽古を受け、終わった瞬間に屋敷を飛び出しこの世界に来た時の河原へ走った。
河原へ着き、じゃぶじゃぶと川へ入る。川へ入れば元の世界に戻れるのではと思った。
だが、どれだけ川の中を歩けども意識は飛ばない、溺れる事も無い。
「…逃げたい…もう帰して…元の世界へ…こんな所で結婚して囲われてる場合じゃないの…私、医師になりたいの!家族の元へ戻りたい、柚葉に会いたい!」
俯き涙が溢れ出す。
「令亜!!」
何処かから名前を呼ばれ辺りを見回すと修吾が令亜めがけて走って来て川へ入って来た。そして令亜を抱き抱え川から引き上げた。
「何してんだよ!死ぬ気か!?」
「…修吾…何でここに…」
修吾の顔を見ると何故か安心して涙が出て来た。
「本屋へ出かけて歩いていたら、令亜がものすごい勢いで走って行って…絶対何かあったんだと思って…急いで追いかけた。したらお前が川でじゃぶじゃぶと…」
修吾は令亜の頭をぽんぽんし、何があったのか全部話せと促した。
令亜は母に聞いたことを泣きながら話し、幾ら幼い頃からの約束でも、今は令亜であり相手の顔すら覚えて居ないと嘆き、だがそれと同時にその男と結婚しないと自分の意識が消えた時、レイが途方に暮れる様な事にはしてはいけないからと言い、どうしたらいいのかわからないと泣いた。
「そうだよな。令亜であって令亜では無い。本体は筒井レイだもんな…。」
「うん…。」
悲しそうに涙を流す令亜の手を修吾はそっと握り、覚悟を決めたように大きく息を吐いて令亜の顔を見つめた。
「…令亜、その男と18歳になったら結婚しろ。それでワガママ放題言って、一生贅沢に暮らしてやれ。」
「何それ?」
令亜はおかしくて笑い出す。
「それしかやり過ごす方法がないだろ。まぁ俺は…令亜の事をいつの間にか好きになっちゃってさ。でもその恋も成就出来ないから…それに中身の令亜はいつ消えるかわかんねーし。」
どさくさに紛れ修吾は令亜に告白しだした。
「…あ…あの…それ、告白ですよね?」
令亜は真っ赤になって修吾から目を逸らす。
「バーカ。告白じゃなきゃ何だよ。」
修吾は令亜の両頬を自分の両の掌ではさみ自分の方へ顔を向かせた。
「…ねえ修吾…もし…私があっちの世界で生きていて、もし、戻ってからも此処での記憶があって…それで…もし修吾が生まれ変わっていたら…」
「お前向こうの世界に彼氏いるんじゃねーの?」
「…それは…でも…令亜も修吾の事が好きになってしまったから。向こうの世界に戻ったら…彼とは…久遠とは別れます。だから…修吾に前世の記憶が少しでもあったら…また私を選んでくれる?」
「当たり前だよ。何度生まれ変わっても…令亜を見つける。」
「本当?約束よ。」
修吾は令亜をぎゅっと抱き寄せ、2人はそっと口づけを交わした。
一年半後…
「馬子にも衣装ってこの事だな。」
「修吾…お前ってヤツは…」
「アンタ達褒めに来たの?!貶しに来たの?!どっちよ!?」
明治5年11月。
令亜は幼い頃から結婚が決まっていた財閥の御曹司と結婚する事になった。
祝言を迎えレイの両親はホッとしていたが、令亜は偽って婚儀を挙げるので朝から心が抉られそうな気持ちで居た。
「令亜、幸せになれよ。」
「修吾…今世では一緒になれなかったけど…私が戻れたら…絶対探すから…修吾…私の事ずっと覚えていて?」
「ああ…約束する。俺もお前を…令亜を探すから。」
2人が見つめ合って話していると久が訝し気に令亜と修吾の顔を覗き込んで来た。
「なぁ、お前らさっきから何言ってんだよ?てかお前らやっぱりそういう…」
「久、言葉が多くてよ?」
令亜はレイらしく久を嗜める。
「はい。はい。こんな時だけレイお嬢様だよ。けど本当に綺麗だよ。令亜。」
「久、ありがとう。あんまり嬉しくない。あと…あの時助けてくれてありがとう。感謝してる今日まで生き延びれたのは久のおかげだから。」
「おう、感謝しろよ。」
「うん…修吾、久。」
『おう!何だ令亜。』
「ありがとう。2人の事絶対忘れない。」
令亜は笑顔で兄に見送られる妹の様に2人と手を繋ぎ、迎えの車まで歩いた。
そして婚儀を挙げる式場へ着き、会場へ向かって歩いていると急に頭が割れそうな程の頭痛に襲われ、眩暈が起こりよろめき出した。
(あ…レイさんの意識が…戻って…)
そう思った瞬間、令亜の視界は遮断された。
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