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第一章 図書室の美少女 01 いつもの……
「麗美、何やってるのー? バス乗り遅れても知らないよ!」
「わかってる、もう行く!」
慌ててスクールバッグを肩に掛け、スマホを手に取って玄関に向かう。ローファーはしっかり履かず、ちょっとだけ踵を潰す。台所にいた母親が見送りに来る。いつもの朝、いつもの慌ただしさ。
「じゃ、行ってくる」
「はいよー、気を付けて」
玄関を出て、小走りでバス停に向かう。小さなパン屋の隣の、パン屋よりも広い駐車場を通り過ぎる際、何年も前からこの辺りをうろつくメスの野良猫を見掛け、小さく手を振る。
三分前後でバス停に到着すると、既に三人が横一列。一番後ろの化粧の濃い女性の隣に並び、ローファーをしっかり履き直しているとバスが来た。いつもだいたい同じ顔触れ。いつものバス通学。
だいたい一五分くらい乗り、五つ目の停留所──十字路を真っ直ぐにちょっと進んだ先の歯科医院の近く──で降りると、来た道を戻って右に曲がる。同じ学校の生徒たちがのろのろと歩く中を掻き分けて進む。いつも混んでいる。いつも時間が掛かる。
この一連の流れを、去年の春から週に五回も繰り返し続ける事に、朝比奈麗美はすっかり飽き飽きしていた。
──卒業したら、少しは変わるのかな。
大学に通うようになれば、まず間違いなく電車通学だ。少なくとも、今と同じ路線のバスを利用する事はなくなるだろう。東京方面の大学なら、この浜波市の端の地味な街の間を行き来するよりもずっと楽しいはずだ。
生活習慣の方はどうだろう。ついつい夜更かししてしまい、朝スッキリと起きられず、顔を洗っても食事を取っても眠気が覚めず、歯を磨いてから部屋に戻ると着替えよりも先に二度寝してしまい、その結果として母親にせっつかれて家を出る──中学一年の頃から続いているこの悪い習慣は、果たしてそう簡単に変えられるだろうか。
──あー……凄く難しそう。
「朝比奈さんじゃん、おはよ」
正門のまであと数メートルという所で、すぐ後ろから声を掛けられた。ゆっくり振り向くと、笑みこそ浮かべてはいるが、こちらの様子を伺ってもいる顔。同じクラスの新田るりかだ。
「ああ……おはよう」
「何か眠そーう」
「うーん、まあちょっと?」
「え、疑問系なの?」
るりかは笑うと「じゃあね」と手を振って走り去った。その先には恋人であり、やはり同じクラスの大楠健斗が待っていた。追い付くと、自分から健斗に腕を絡め、肩に頭を預けるようにして一緒に歩き出した。
るりかとは特別仲良くしているわけではない。いい子だとは思うが、タイプが若干違う。今みたいに、向こうから話し掛けられる事はあっても、その逆はほとんどない。そして麗美の性格的に、ごく一部の慣れた人間が相手でないと自分から積極的にはなれない。要するに人見知りだ。
るりかだって、麗美の事なんて単なる同じクラスの女子だとしか思っていないだろう。恋人を優先するのは当たり前だ。
──うん、だからまあ……いいんだけどさ。
それでも麗美は、もやもやせずにはいられなかった。見捨てられたような、蔑ろにされたような。
──本当はそうじゃないってわかってるけど。
そして、僅かな嫉妬。恋人なんて、果たしてこの自分に出来る時が来るのだろうか。それどころか、心許せる友人ですら少ないというのに。
──高校では無理っぽいよなあ。
すぐそんな風に考えてしまう、いつもの癖。いつもの自分。
「なぁんも面白くない」
麗美は口の中でそう呟き、小さく溜め息を吐くと、決して軽やかではない足取りで、他の生徒たちと共に正門の向こう側へと吸い込まれていった。
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