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14.お別れ
鍵を取り出すのももどかしいくらいに気持ちが焦る。
ハルが幽霊じゃなかったら。無事を確かめるのにスマートフォンでもなんでも使えるのに。直接顔を見ないとまだここに――この世界に――いるのかさえわからない。ハル。ハル。ハル。どうかまだ消えないで。
ガチャガチャッといつもより派手な音を立てて、勢いよくドアを開く。
「ハル!」
玄関に飛び込むと同時に呼び掛ける。部屋の中には薄くテレビの音が流れていて、明かりも点いたままになっている。「いってきます」と今朝出たときのまま。だけど――。
むわりと肌にまとわりつく空気が熱い。
いくら待っても「おかえり」という声は聞こえない。
「ハル? ねえ、どこ?」
スニーカーを脱ぎ捨て部屋の中を見て回る。いつもいるリビング。ケーキを一緒に食べるダイニング。勝手に入り込んでくる私の部屋。それこそトイレもお風呂場もキッチンの下も。幽霊のハルが隠れられそうな場所は全部見て回った。全部。全部。全部……見たのだ。二度、三度、何度も見落としがないか、視界が滲んで自分の嗚咽が響いても、何度も何度も回った。
それなのに――ハルは見つからなかった。
ハルはどこにもいなかった。
ハルの姿が見えない。見えなくてもそばにいてくれればその温度でわかるのに。部屋の中は日中の日差しに暖められたのだとわかるほど暑い。じわりと肌に汗が浮かぶ。それはハルがお昼ごろにはもうこの部屋にいなかったのだという何よりの証拠だった。
「……っ、ハル……なんで……」
窓を開けることもエアコンをつけることもできない。したくない。暑くて息苦しくて、汗が止まらなくても。今はまだできない。ハルがいないことを認めてしまうことになるから。それだけはできない。リビングの床に崩れ落ちた私の膝の上にポタポタと涙が落ちていく。スカートにできた染みを見つめ「ああ、ここはシュークリームの箱が落ちた場所だ」なんてことを思ってしまって、傷ついたハルの顔を、突然姿を消してしまったあの日のことを思い出し、涙は余計に溢れた。
「さよならくらい言わせてよ……」
朝になったなら。
目を開けたなら。
何事もなかったように「そろそろ起きないと遅刻だよ」と、ハルは祝日だって知りながら言ってくるのだ。連休だって教えてもそんなの関係なく起こしに来て、驚き飛び起きる私を見て笑うのだ。そういう時間が過ごせるはずだった――のに。
瞼を上げても見えるのは白い天井だけで。涼しく感じられるのは夜の間に気温が下がっていたからで。「ハ……」声は途中で止まってしまった。聞こえるのは自分の声だけだから。答えてくれる声は聞こえない。振り返ってくれる顔は見られない。きっと……もう二度と。
「っ……ハル……」
瞼が腫れて重くなっても涙は止まらなかった。
――ああ、こんなにも私はハルのことを好きになっていたのか。
悲しくて悲しくて涙が止まらないくらい。何度も名前を呼んでしまうくらい。初めからこうなることは決まっていたのに。どうにもならないのだと知っていたのに。気づいたときにはもう遅かった。初めからこの恋は行き止まりだった。どこにもいけないとわかっていた。わたしたちに一緒にいる未来なんてなくて。あるのはいつ消えてもおかしくない「今」だけで。最初からわかっていたのに。わかっていたはずだったのに。
ハルを二度も失うことがこんなにもつらくて悲しいことだなんて、私はちっともわかっていなかった。
「……っ、ハル……ハル……」
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