15.土曜日

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15.土曜日

 連休前半の二日間は、ハルがいなくなった事実を受け止めるためだけに使った。  止まったと思ってもほんの少し気を緩めれば涙はするすると流れ出す。いくらこぼしても、どれだけ溢れさせても、不思議なほど涙は涸れなかった。  丸二日部屋から一歩も出ずに過ごして悲しみに浸れるだけ浸ったら、三日目には少しだけ体が動き出した。くうぅ、とお腹が鳴り出し、自分が生きていることを実感する。 「土曜日、か」  机の上に置いていたカレンダーを確かめ、そっと息をつく。土曜日はハルとケーキを食べる約束の日。ハルに出会う前からお店に行くことを決めていた日。頭には三日前に見た光景が蘇る。下りたシャッター。貼られていた紙に書かれていた『臨時休業』の文字。今日もまだお休みだろうか? そんなことを考えながらも体はベッドから出て洗面所へと向かい始める。  冷たい水で顔を洗えば、目の前に映る自分の顔のブサイクさに笑ってしまう。泣き腫らした瞼はまだ戻りきれていない。二重は一重になりかけているし、顔全体が浮腫んでしまっている。ハルならきっと言う。「そんな顔で行くの?」と失礼極まりない言葉を。「兄貴にそんな顔を見せちゃっていいの?」と聞いてくるに違いない。 「これが今の私なんだから、しょうがないじゃん」  ――確かに。  ハハッと笑ってハルは言う。  どんなにつらくても。どんなに苦しくても。その全部を受け止めたのが今の私だ。  全部を受け止めたから、こんな顔になっている。それはどこか誇らしくさえあった。  お別れが言えなかったのは悲しかったけれど。突然すぎる別れも苦しくてたまらなかったけれど。それでもハルと過ごしたこの二か月はちゃんと私の中に残っている。残っているからこその悲しみであり、苦しさだ。――だから、大丈夫。ハルがここにいたことをなかったことにはしない。思い出まで消したくない。ハルと過ごした時間の全部を私の一部にする。その上で私はハルのいた世界を生きていく。
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