16.新商品

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 途切れた言葉の続きは気になったが、彼に促されるままシュークリームへと視線を移す。  今までと同じようで同じではない。  シュー生地は以前より色味が増している。詰められているクリームの見た目は同じに見えるが、キラキラと小さな粒が混ぜられている。生地の上にはさらに細かい粒が載せられている。 「いただきます」  口へと持っていくその短い間でさえ香ばしさが濃さを増す。ザクっとした歯ごたえの後にパリパリっと生地の割れる音。外側は思った通りさっくりとしていたけれど、中はしっとりとした柔らかさが残されている。口の中にバターの香りが広がれば、舌の上に着地したクリームは変わらず優しい甘さを主張してくる。手に持ったときの重量感とは違い、舌触りは滑らかで軽い甘さだ。ザク、パリ、ふわ、どこまでも広がる美味しさの中、不意にカリッととても小さなものが歯にあたった。あたったと思った瞬間にはもうクリームと一緒に溶けている。甘さの中に残されるコレは――。 「塩? ですか? あれ、でもこっちの生地はお砂糖?」 「はい。クリームには塩が、生地の上にはあられ糖が載せてあります」  香ばしさと柔らかさの中にある甘味と塩味。ふたつがそれぞれに触れている素材の味を引き立て、美味しさの厚みが増している。スッキリとした口当たりは変わらず、大きさも同じなのに、満足感が――幸福感が――明らかに増していた。 「とっても美味しいです」 「ありがとうございます。これが『完成品』なので。早く璃子さんに食べてほしくて」  ――完成がとても楽しみです。  そう言ったのは自分だ。だけど、あれはハルが作ったもので。完成することはもうないのだと思っていた。 「大変お待たせしてしまいましたが……ハルが作ったわけではないですが、これで『完成』です」 「……」  ハルは消えてしまった。もう二度と顔を見ることはできない。だからこそ忘れたくなくて。忘れてしまうのがこわくてたまらなくて。今までの時間が消えないように、あのとき触れた形のままで閉じ込めることばかりを考えていた。だけど……。 「璃子さん?」 「……え?」  向けられていた瞳が驚いたように丸くなっている。なぜ名前を呼ばれたのか、その理由に気づいたのはポタっとお皿の上に雫が落ちてからだった。 「大丈夫ですか? えっとどこか痛いとか」 「いえ、全然そういうのではないので。大丈夫です。あの、本当に美味しくて、それで……」  美味しかった。本当に美味しくて、美味しすぎて、胸が苦しかった。ハルはちゃんと残してくれた。ハルの夢は、ちゃんと叶えられていた。どうしようもなく変わってしまったものも、変わらなければならなかったものもあるけれど。その中にも変わらないものや変わらずに見せられるものもあって。変わることができたからこそ見える未来もあって。その全部を抱えて私たちは生きていた。たとえ幽霊であっても、ハルが私の前でちゃんと生きていたように。  ――泣くほど美味しいの?  そうハルに尋ねられたときと同じ。泣きながら食べた、あのシュークリームと同じ味だった。これがハルの言っていた『最高傑作』なのかどうかはわからないけれど。私の中ではこれ以上に美味しいものなんてきっとない。私にとってはこのハルと彼が作ったシュークリームこそが『最高傑作』だった。そう言ったらきっとハルは「そんなに?」ってまた笑うんだろうな。
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