1:彼女の秘密

1/3
前へ
/47ページ
次へ

1:彼女の秘密

 その日の仕事帰り。前々から気になっていたカフェに入り、真っ先に目が入ったのは、ご満悦な様子でスイーツを頬張る女。 「……長谷川(はせがわ)?」  胸元に俺と同じ社章バッジを光らせているあの女は、俺の同期だ。同期の長谷川萌香(もえか)。仕事の評価もなかなか上向きで、更に持ち前の愛想のよさで周りから可愛がられている女子社員。  連れはいないようだが、孤独感はまるでなかった。頬をもごもご動かすその笑顔は、むしろ幸福で満たされている。コーヒーの匂いが染みついた店の中で、彼女だけ、甘い香りに守られているかのよう。  空いた席に座ることもせずずっと見ていたせいか、彼女の方も俺に気付いた。 「あーっ! 国枝(くにえだ)君っ!」  人なつっこく俺の名前を呼んで手を振ってくる、屈託(くったく)のない笑顔。  俺も会釈で応え、彼女がいる席まで近寄った。 「奇遇だな。こんなところで会うなんて」 「あはは、本当だよねー。まさかこんなところで国枝君に会うなんて思ってもみなかったよ」 「この店、前からずっと気になってたんだ。今日は割と早めに上がれたから……長谷川は? よくここ来んの?」 「うんっ。あたしはね、ここのピーチパイがお気に入りなのっ!」  そう言って差し出された皿には、こんがり焼けた生地の上に白桃を並べた、見るからに甘ったるそうなパイが座っていた。なんとこうばしい。
/47ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加