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5:卑劣な悪意を払って
木に囲まれた廃れた神社。不穏なのか神聖なのかわからない敷地には、祭りの会場とは打って変わって人気がなかった。
俺はスピードを緩めないまま鳥居を潜る。
手水舎で群れるカラス達が、一斉に飛び散っていった。不吉な黒が空を舞う。
「萌香っ‼ どこだ⁉ 萌香っ‼」
何度も叫び、スマホも鳴らして狭い空間をぐるりと回るが、人影はどこにも見当たらない。通話も繋がらない。スマホのバックライトを付け、あちこち見渡しても、やっぱり誰の姿もない。
まさか場所を変えたのか。そう思って神社を出ようとした俺の足が、何かを蹴飛ばした。
石畳の上でキラリと光るパステルピンク。藤紫の浴衣と合わせるように、黒い髪にくっきりと浮かんでいた桃の簪。
「これ萌香のっ……!」
俺が簪を拾い上げたタイミングで、ガタッ、と激しい物音がした。
辺りには、見える範囲には、それらしい気配はない。俺が見回った範囲には。
「まさか……」
賽銭箱の前にいた俺は、更にその奥へ足を向かわせる。
ろくに手入れがされてないとはいえ、罰当たりなのはわかってる。それでも俺は本殿に乗り込み、三重になった格子戸を開け、手元の光で中を照らした。
「萌香‼」
仏様も神様もいないだだっ広い空間に、彼女はいた。ガラの悪そうな大柄の男に組み敷かれ、逞しい手に口を塞がれた状態で。
「な、何だよ、お前っ……!」
「それはこっちのセリフだっ‼ 萌香を離せ‼」
駆け寄った俺は、狼狽える男を突き飛ばした。
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