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「長谷川って桃が好きなのか?」
「うんっ!」
カフェを出た帰り道。気になったことを尋ねてみると、彼女は大きく頷いた。
「あたしね、子どもの頃から桃が大好物なの。でも実家で暮らしてた頃は全然食べる機会がなかったから、一人暮らしするようになってからはしょっちゅう食べるようになっちゃって」
「へぇ……」
「あそこのカフェも、桃のデザートが豊富だからつい通っちゃうんだよねー」
ということは、あの店に行けば、プライベートでも会える確率が高いのか。
「それにしちゃ細いよな、長谷川。ダイエットとか、なんか体重の調整でもしてんの?」
心の中の独り言に動揺した俺は、会話を続けようと急いで口を動かす。
すぐに、「してないよー」とのんきな否定が返ってきた。
「ダイエットはしてないけど、もしかしたら遺伝かも。あたしのお父さんも桃が一番好きなんだけどね、昔から全っ然太らないもん」
「お父さんも? ふーん……なんか不思議だな」
「そうかな? まあ桃が好物ってだけで、毎日フルーツばっかり食べてるわけじゃないから」
「ああ、いや、体型のことじゃなくて。家族と共通してる好物なんて、むしろ実家にいる時の方が食べる機会多そうなのになと思って」
「あー、そっちか……うん。それについてはね、ちょっと理由があるんだけど……」
急に歯切れが悪くなった彼女は、視線を彷徨わせ、やがて人差し指を口の前に持っていく。
「秘密、ってことで。ごめんね?」
あ。これ、ワケ有りなやつだ。
ものすごく気になる。気になるけど、可愛い仕草と口ぶりにドキッとした俺は、「わかった」と物分かりのいいフリをしてしまった。
俺がその“ワケ”を知ったのは、それからずっと後のこと。他の同期に後押しされながら必死にアプローチを重ね、彼女に交際を受け入れてもらえるようになってから、更に数ヶ月が経った頃だった。
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