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まだ震えているくせに、萌香は事の元凶を堂々と睨んだ。
「里中君がここまで見境ない人だとは思わなかった! 最低! 里中君なんか大っ嫌い!」
大っ嫌い。“もう絶好だから”と同じくらい、子ども同士の喧嘩によく使われるフレーズ。
あまりにも稚拙な文句なのに、それを投げつけられた男の顔は、急に萎れた。
「何だよ……だって、優しくしようが、お前はいつも、俺のことなんか見てなかっただろうがっ……!」
萌香の腕を乱暴に振り払い、男は力任せに俺の胸倉を掴む。
「春樹っ‼」
「おい。長谷川置いて、お前はとっとと帰れ。大人しく出てくなら、今回はこれくらいで見逃してやるからよ」
悲痛を塗り潰す、極悪な笑み。
見逃してやる。
上からぶつけられた一言は、ぷつん、と俺の優等生の糸を切った。
「……っふっ、ざ、けんなぁぁっ‼」
ありったけの力を首から上に注いだ俺は、男に渾身の頭突きを喰らわせた。
「いっ……てぇっ……!」
野蛮な手が俺を離す。男は額を押さえながら尻餅をついた。
「『見逃してやる』、だぁ? 何でお前が偉そうに物言ってんだよっ‼ たとえ殺されようが、誰が大事な女を見捨てて逃げたりなんかするかっ!」
「……っテメェ、まだ痛い目見てぇようだなぁっ‼」
舌を鳴らして飛び掛かってきた男が、もう一度拳を振り上げた。
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