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「だ、大丈夫っ! ここにあるからっ」
出遅れてしまったが、俺は急いで藤紫色の背中に手を添えた。
ジャケットのポケットに眠らせっぱなしだったものを萌香の手に握らせる。鼈甲の枝にぶら下がる、淡いピンクのふくよかな果実。幸い傷も汚れも付いてない。
手の中に目を落とした瞬間、落ち込んでいた切れ長の瞳に光が灯った。
「えっ……何で春樹がっ……!」
「神社で拾ったんだ。ごめん、すっかり忘れてた」
「あああ、よかったぁぁっ……ありがとぉっ……」
両手に簪を握りしめた萌香は、そのままペタンと座り込んだ。閉じた瞳の端に感情の切れ端が滲む。
「こんな道端に座り込むな」と萌香を引っ張って立ち上がらせた朋紀さんも、眉間の皺を消していた。怒りの刃を鞘に納めてくれたようだ。
「失くさない自信がないなら二度と身に着けるな。大事にしまってろ」
「ん……そうする……」
まだ針程度の棘を感じる忠告に、乱れた黒い頭が頷く。
むず痒い汗が体を滑り落ちる。
俺が飾り物に疎いだけで、実は高価な品物だったりするんだろうか。それにしたって、二人してこんなに感情を揺らすことないのに。
何度も爆発する光の花。見応えのある夏の夜空を、誰も振り返らなかった。
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