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家に帰り着くと、俺は真っ先に風呂に入るよう二人に促された。俺が一番疲れているはずだからと気を遣ってくれたんだろう。もう痛みはかなり薄れたし、人様の家で一番風呂を貰うのも気が引けたけど、遠慮したところできっと折れてくれないなと直感し、俺はありがたく従った。
夏の夜に浸かる湯は気持ちいい。顔を洗うと口の端がヒリヒリ疼いたものの、上がると静かな夜風が迎えてくれて、身も心もサッパリできた。
俺が居間に戻ると、今度は萌香が風呂に向かった。意外と浴衣が蒸れたみたいで、俺が上がるのを今か今かと待ち詫びていたらしい。
「春樹君。麦茶でいいか? 冷たい飲み物が他になくて」
「あ、ありがとうございますっ」
「こんなことでいちいち礼を言わなくていい」
冷たいグラスを渡されて、再び二人の時間が訪れる。気まずい。でも、祭りの時に感じた空気より、ずっと柔らかい。
テレビも付けない居間の静けさに、窓を隔てた鈴虫の鳴き声が染み渡る。
「すまなかった」
緊張に喉を潤す俺に、朋紀さんはおもむろに頭を下げた。
「君は、萌香のためだけに生きていくことはできないと言ったな。だけど体を張ってあの子を守ってくれた。ありがとう」
「そんなの当たり前ですっ! 萌香のために他の何かを犠牲にすることはできないけど……俺を犠牲にする覚悟くらいはあります。この先ずっと、俺の隣で笑っていてほしいのは萌香だけだから。暴力的に奪おうとする奴になんか屈するつもりはありません」
こんなことでお礼を言われたくない。
そんな俺の想いとは裏腹に、朋紀さんは顔を上げてくれない。
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