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「春樹、どうしようっ。霊園のトイレにハンカチ置いてきちゃったかもっ! ちょっと取りに行ってくるっ」
「えぇ!? だったら俺も一緒に……」
「いいっ。本当にすぐ戻るから、春樹はここで待っててっ!」
萌香は申し訳なさそうに志穂さんに軽く頭を下げると、歩いてきた道を颯爽と走り出した。
「あらー。桃ちゃんはあんまり走ったりする子じゃなかったけど、萌ちゃんは足が速いのねぇ。もう見えなくなっちゃった」
「そうなんですよ。すばしっこいというか……喧嘩して逃げられた日には捕まえるのが大変です」
「ふふ。元気でいいじゃない」
優しい風が、さわさわと枝を鳴らし、青い葉をいくつも散らせる。
「春樹君。萌ちゃんのこと、幸せにしてあげてね」
「あ、はいっ。もちろんですっ」
「頼もしいわぁ。でもトモ君は寂しがるわねぇ。そうそう、うちの息子も、小さい頃によくトモ君に遊んでもらってねぇ」
「そうなんですか? 朋紀さん面倒見がいいんですね。萌香のことも、本当に大切に想っているのが伝わってきます」
「そうなのよ。トモ君ねぇ、萌ちゃんが赤ちゃんだった頃からすっごく可愛がってたの。ほら、和久さんが……萌ちゃん達のお父さんがあんなだから」
ずっと穏やかに笑っていた志穂さんが、初めて苦笑いを見せた。
この人も長谷川家の内情を知っているのか。
俺も、苦笑いで返すしかなかった。
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